第5話 クラスメイトの顔を描く

 



 

 2時間目は図工だった。


 お洒落なフチなしメガネを、窓からの陽光にキラキラさせた朝子先生が、

「さあ、今日はとなりの席の人の顔を描いてみましょうね。目はどんなかたちか、眉は、鼻は、口はどんな感じになっているか、よおく観察して描きましょうね~」

 かあさんと同じメゾソプラノで歌うように言うと、教室にどよめきが広がった。


「マジっすか? おれ、こいつの顔なんか描きたくねえっすよ」

「ふん。こっちこそ、あんたになんか描かれたくないっつうの」


「ゲゲッ。こうなって来ると、となり、別のやつがよかったなあ」

「あたしだって、好きであんたのとなりにいるんじゃないからね」


 でも、朝子先生はそんな騒ぎには、いっこうにおかまいなしで、

「はいはい、みんな文句は言いっこなしよ。ヘンな顔はお互いさまでしょう?」

 おかしそうにクスクス笑いながら、どんどん授業を進めて行く。

 で、藍子もいやおうなく、裕也と向かい合わざるを得なかった。


 裕也は譲治の一の子分だ。

 ひとりじゃなにもできないくせに、ボスの譲治の加勢を受けたり、ほかの子分と群れたりしたとたんに、急に態度がでかくなる、なんとも情けないやつだった。


 藍子と向き合った裕也は、うしろの席に向かって、ひょいと手を上げた。

 ボスの譲治になにか合図したらしく、いやな感じの嘲りが聞こえて来る。

 藍子はいっそう憂うつになって、のろのろと4Bの鉛筆を取り出した。


 となりの席なのに、裕也とはほとんど話したことがない。

 まして、まともに顔を合わせたことなど一度もなかったので、あらためて向き合ってみると、こいつはこんな顔をしていたのかと、いまさら驚くことになった。


 ポヨポヨした眉の下に、彫刻刀でひと彫りしたような細く表情のない目があり、鳥を連想させる目玉がきょときょとして落ち着かない。冷たくとがった鼻の下に、ペラペラよく動く薄いくちびるが、ぬめぬめと不気味なぬめりを放っている。

 

 ――こいつ、今朝、なにを食べて来たんだろう。

 

 ゾワッとして、よりにもよってこんな顔を描かなければならない不運を恨んだ。


 思いは向こうも同じと見えて、これ以上はないほどの渋面をした裕也は、画用紙を縦にしてみたり横にしてみたり、減ってもいない鉛筆を削り直してみたり……。

 その合い間にも、藍子の顔をちらっと見ては、さかんにため息をついている。


「このおれさまが、なんでこんなぶっさいくな顔を描かなきゃなんねえっつうの」

 聞こえよがしのひとり言は、むろん、うしろの席のボスに向けたものだろう。


「🎵 っこりゃまったどういうわけだ、っとか言っちゃって~」


 案の定のジャリジャリした訛声だみごえが飛んで来る。

 なぜか譲治は古い流行り言葉をよく知っている。


 藍子の顎のあたりがキーンと痛くなり、手足の先が氷のように冷たくなった。

 不細工はそっちでしょうが! と思うが、黙ってくちびるを噛みしめるだけ。


 ほかの子の絵の準備に気を取られている朝子先生は、注意さえしてくれない。

 藍子は小刻みに震える手をぎゅっと画用紙に押しつけ、悔しさに堪えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る