第2話 傘のなかの小宇宙

 



 

 雨の月曜日は、いやじゃない。

 ううん、むしろ、ほっとする。


 なにもかも曝け出さずにおかないぞ、と息巻いているような晴れの日とちがい、

 

 ――だれにも言えないことがあってもいいんだよ。隠しておきたいことがあってもいいんだよ。みんなと同じでなくていい、おまえはおまえのままでいいんだよ。

 

 鈍色にびいろの空がそう言ってくれているような気がするから。


 傘のなかの小さな世界は、藍子をとても落ち着いた気分にさせてくれる。

 かあさんにだっこされていたころみたいな、ゆったりと安定した気持ち。

 

 ――昨日のことも、今日のことも、明日のことも、なにも心配いらないよ。

 

 ピンクの傘でほんのり頬を染めながら、藍子は学校へ向かって歩いて行く。


 近所の材木店のおじさんが、竹ぼうきで道路を掃いている。

 朝刊の片づけを終えた新聞販売店のおばさんが、窓のカーテンを閉めている。

 ガソリンスタンドでは、つぎつぎに入って来る通勤車をさばくのに大忙しだ。

 遠くのジャム工場の煙突から、真っ白なけむりが垂直に立ち昇っている。

 朝早くから働いている人たちがたくさんいる。

 

 商店街を抜けると、一面の田んぼのなかを学校に向けて1本道が貫いている。

 赤、青、黄色、緑……色とりどりの雨傘が、くっついたり離れたりしている。


 雨に濡れたコスモスが薄い花びらをふるわせている。

 重そうな頭をいっせいに垂れているネコジャラシ。

 あざやかに黄色い花かんむりを付けているオミナエシ。

 道ばたや小川の岸辺に、びっしりと小粒の花を咲かせているノコンギク。

 銀色の穂を鈍く光らせながら、わずかな風にも頼りなく揺れているススキ。


 顔をのぞかれないよう深く傾けた傘の外を、秋の景色が通り過ぎてゆく。


 草むらに黄色い花を見つけた。

 タンポポ。

 別に珍しくもない雑草だ。

 だけど、去年の2月、そこだけ雪が解け、青々とした草が顔を出した日だまりに太陽の色をした小花をただ1輪だけ見つけたときの驚きを、藍子は忘れていない。

 寒中に咲くタンポポの凛とした強さが、弱い藍子には眩しくてならなかった。


      *

 

 神社の赤い鳥居が見えて来た。

 このあたりからは時計台の先しか見えないが、小学校は宮の森の向こうにある。

 

 ――この道がどこまでもつづいていたらいいのになあ……。

 

 藍子はにわかに重くなった足を、一歩一歩、押し出すように進んで行った。

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