第3話ー②
「まあ今の御時世、ここで巣を潰しておけば十年か? 二十年か? そんくらいは大丈夫だろう。そっから先は嬢ちゃん。お前がやれな」
話の意図をぜんぜん掴めずにいた。
魔獣だなんておとぎ話でしか聞いたことない。
でも、さっきみた。確かに、居た。
「わかった!」
「ははは。いいか、それがお前の天命だ! 縁ってのはそう簡単には切れねえ! 肝に命じておけ!」
「うん!」
何を言っているのかなんてまったくわからない。でも不思議と返事は即答だった。だっておじさん、真剣な眼差しだから。
よくわからないけど、わたしならできるって、信じているようだったから──。
「よぉーし、嬢ちゃんからの返事はもらった。んじゃまぁ、いっちょ殲滅といきますかぁ!」
「うおおおおお!」
いつもおちゃらけてて、怠そうにしていた騎士団の人たちの雰囲気が変わる。
それはとても異様で、今まで接した来た人たちとはまるで別人だった。
これが、騎士団?
◇ ◇
そこから先も夢でも見ているのかのようだった。社会勉強だなんて言っておじさんは特等席で戦闘を見せてくれた。
一番危険な場所にいるはずなのに、おじさんの近くに居るのが最も安全だって言うんだから驚いた。
おじさんが大剣を振るうと、山が二つに割れる。
手をかざすと、山がなくなる。
甘菓子ひとつケチるおじさんは、凄い人だったのだ。でも、そんなことよりも──。
「どうした嬢ちゃん?」
「いま、空飛んでた!」
「飛んじゃいねぇが、そうだな。そういう風に見えちまうもんか。……じゃあ空を飛んだ際に見える景色ってやつを見せてやる!」
そう言うとわたしを肩に乗せ、まるで階段を登るように空まで駆け上がった。あっという間に雲の上まで来てしまった。
「わぁ! すごい! すごーい! 飛んでるー!」
ついついはしゃいでしまうのは、仕方のないこと。だってこれができるようになれば、マーくんに会える!
「飛んでるわけじゃないんだぞ? 白魔法のひとつだな。空間に足場を作ってるだけに過ぎない。どれ、立ってみるか?」
「うん!」
そう言うと、ゆっくりと肩から下ろしてくれた。
「ほらな? 飛んじゃいない。立ってるんだ」
「本当だ! 空の上に立ってる! すごい!」
「何も凄かねえよ。俺は空を飛ぶことはできない。でも嬢ちゃんがいつか空を飛ぶってんなら、見てみたいものだな」
「飛ぶー!!」
空の上に始めて立ったからなのか、不思議となんでもできるような気がした。
「ははは! そうか飛ぶか!! じゃあ飛んじまえ!!」
初めて会話を交したときは絶対無理って言ってたのに、今は飛んじまえって言ってる。
おじさんってこういう人なんだなって思ったら急におかしくなってきて。
「ぜったい飛ぶー!! おじさんすきー!!」
気付いたら、おじさんに抱きついていた。
「ば、ばっかやろう! そんな態度取ったってな、甘やかさないからな!」
「いーもん! べつにいままでどおりでー!」
「ったく。なんだってんだ! 調子が狂っちまうだろ!」
口は悪いけど、誰よりも優しい人だって気付いちゃったから──。
◇ ◇ ◇
三ヶ月を過ぎた頃、おじさんが王都での生活の心構えを教えてくれた。
ゼン5箇条
貴族には逆らうな!
貴族の息子もまた貴族!
貴族の娘もまた貴族!
貴族にいじめられたら黙って我慢!
どんな理不尽にも耐え抜きましょう!
「さいあく。ありえない」
「でもこれが現実だ。逆らったらお前、魔術士として食っていけねえぞ? んまぁ、そんときは俺の隊で拾ってやるけどな」
「じゃあそうする!」
「ったく。馬鹿いっちゃいけねえよ。……そうだな。指切りげんまんって知ってるか?」
「しらない。なにそれ?」
「うしっ。じゃあしよう」
“ゆーびきりーげーんまーん、うーそついたーら、はーりせーんぼーんのーます! ゆびきった!”
「は、針千本?!」
「そうだぞ~?もう生きてはいられねえなぁ」
「バカーっ!」
「だぁーはっはっは! でもこれで約束は成立だ。俺みたいになるんじゃねえぞ。いいな」
最後の言葉だけ、妙な重みを感じた。
「わかった。なるべく、そうする」
「ははは! なるべく、か。まあ後悔ないようにな。俺を悲しませるなよ」
「うん。なるべくね!」
「こんな信用ならねえ返事はねえや。ははっ」
いじめられるのには慣れっ子だった。
でもそっか。わたし、学校でいじめられるのかー。なんて少しだけ思ったりもした。
そうして──。
ゼンさんとの長い旅は終わりを迎え、わたしは魔術学校に入学することになる。
◇ ◇ ◇ ◇
後になって知ったことは、『殲滅のゼン』として名を馳せる、騎士団の数少ない英雄のひとりだと言うこと。
わたしが騎士団に入った理由は色々あるけど、おじさんが居る場所だったことが半分を占めていたと思う。
地下迷宮の探索を決めたのも、おじさんを後任の団長として指名することに一切の迷いが無かったから。
運命っていうのは奇跡が紡いでいるのかもしれない。こうしておじさんと出会えたことが、マーくんのお嫁さんになれる日に繋がっているのだと、今ならわかる。
だって、地下迷宮の探索に行くって言った時は猛反対したのに、お嫁さんになりますっていったら手放しで喜んでくれたんだから。
何度も役職に声を掛けたのに、ときには団長命令の名目で移動を下したのに、一切従わなかった男が、その時満面の笑みで即答した。
「わかった。団長やる。後のことは心配いらねえ。幸せになってこい!」って。
今ならわかるよ。
あの日、あの時、わたしとマーくんの運命を予見したんだって。
わたしにとって頼れる父のような存在なのかもしれない──。
だから、十年越しに掴んだ、この幸せだけは……。誰にも邪魔はさせない。
たとえ、王国を敵にまわすことになろうとも。
ずっと、マーくんの側に居ると誓ったから。
誰にも、そう誰にも。邪魔はさせない──。
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