第41話

 デニスたちに新しい仲間、ヨーゼという頼もしい人物が仲間に加わった。


 そしてデニスの元には数多くの村人たちが集まり、その勢力は増す一方だった。


 ただ問題なのは、やはりダンジョンの事情だった。


「今回の戦いで魔素は十分に蓄えられたはずだ。だがモンスターの選択は慎重にしないとな」


 現在ダンジョンに残っているモンスターはゴブリン、スライム、角狼、ブタムシが片手で数えられるほど。オークとトロールは全滅し、かろうじてランク持ちの牛鬼は生き残っていた。


「できるだけ多く、戦力になって繁殖能力も高いモンスター……そうなるとオークは第1候補だな」


 オークは繁殖能力が高い一方、雌の個体が少ない。雌は雄のオークよりも明らかに体格が大きく、基本的に一妻多夫となっている。


 そのコミュニティも雌を中心とした部族社会で、それぞれ対立したり協力したりする関係となっているらしい。


「雌の個体を増やしすぎると部族間の関係が複雑になりすぎる。となると雌は3匹くらいがいいか」


 デニスは手始めにオークの雌を3匹、そしてオークの雄を9匹召喚した。


 それでも魔素は十分に余っており、他にもモンスターを召喚させるのが可能になっていた。


「オークは前衛、となると後衛個体で繁殖能力が多い生き物か……」


 デニスは弓を用いるゴブリンを想像したが、却下した。


 ゴブリンは僅かな魔素量で召喚でき、繁殖能力も高い。その一方で身体は貧弱だ。


 ならば召喚するにしても、最後の僅かな魔素の使用にした方がよさそうだ。


「遠距離特化で繁殖能力も高く、そこそこ強い個体か」


 デニスは正直言えばモンスターに詳しくない。そこでモンスターの知識が多そうなエメに相談してみた。


「それならウィル・オ・ウィスプがいいじゃないですか?」


「――鬼火か」


 ウィスプはいわゆる成仏できない魂が具現化した精霊の類だ。


 単に火の玉とも言い他にもイグニス・ファトゥス、愚者の火、ひとつかみの藁のウィリアムとも言い、伝承は様々だ。


 それゆえ、ウィスプと言っても個体の種類は様々なのである。


「サンダーウィスプ、ファイヤウィスプ、スノウウィスプ、種類は色々いるらしいがどれがいいんだ?」


「洞窟の定番と言えばダークウィスプです。奴らは暗闇に淀む魔素を主食として、暗闇に閉じ込めて置けば勝手に増えるですよ。しかもモンスターの種類の上では魔獣、召喚に際した魔素消費も少なくて済むのです」


「それで? 肝心の戦闘能力は?」


「ダークウィスプは黒い炎を飛ばす攻撃ができるのです。水でももみ消すのもし難く、強い日光が弱点。まさに洞窟専用のモンスターですね」


「おお! それはいい。なら早速召喚だ」


 その後、デニスはダークウィスプを20体、残りの魔素でゴブリンを10体召喚し、残りは温存する計算をした。


 ダークウィスプは召喚してみると、まさに黒い火の玉だった。中心に輪郭のような濃い黒い球体と、まわりに少し薄い炎を纏っている。


 時たま瞬(またた)くように表情を変えたり、意味もなくふよふよと浮遊し、何故だか愛嬌を感じる存在だった。


「じゃあ、暗がりに閉じ込めるですよ」


「……いや、一匹だけ手元に置いておこう。何かの役に立つかもしれない」


「そうですか? まあ、いいですけど」


 デニスは手元にダークウィスプを一匹残しておくと、次なる手段を考えた。


「知性の高いオークやゴブリン、それに騎乗できそうな角狼やブタムシを武装させよう。そうすれば魔素の消費も抑えられるはずだ」


「そうなると、自前で装備を用意する必要があるですね」


「いや、一から作る以外にもアテはある」


 エメが言うように自前で用意する前に、オークやゴブリンの武器と防具は購入できる可能性がある。


 例えばオークなら人よりもガタイが大きく防具が使えない代わりに、武器はやや小さくとも使える。ゴブリンの場合は防具の方が大きすぎ、小ぶりな武器は使える。


 だが獣人の場合は違う。獣人は種族ごとに体格の差が大きく、オークやゴブリンの大きさに近い種類も多数いるのだ。


 デニスのその狙いは間違っておらず、商人のアドリアが牛耳る獣人族の街からちょうどいい武具が手に入った。


「お買い上げありがとうございますわ。それにしても代わりとはいえ人族の上等な武具、お売りくださりありがとうございます」


 交易の運搬をアドリア側に頼むと、その一団にはアドリアの姿もあり。デニスはアドリアを洞窟前に設けた簡易的な客間に通して応対をした。


「出所は説明するまでもないと思うが、売れるのか?」


「傭兵は上物を安く手に入れる時にルーツなんて気にしませんわ。もし誰かに指摘されたところで、私はそんなことツユとも知りませんでしたわ。と、善意の第三者を演じればいい話ですの」


 アドリアは薄い目を僅かに開き、フフフッと怪しく笑った。


「他にもダンジョンの上質な品をありがとうございますわ。それでも人族との交易は続いてまして?」


「ああ、この間の件で交易の質と量は落としたがそれ相応の値段で交渉しているよ。向こうも不満が言える立場じゃないと分かっているようだしな」


「儲ける者がいれば損をする者もいる……。それは致し方がない事ですわ。しかしデニス様とはこれからも良き商売関係を築きたいところですね」


「もちろんだ。これからもよろしくな。それと、あの件についてはどうなっている?」


 デニスがいう「あの件」とは、ザシャが率いるであろう討伐軍の話だ。


「……最初は私たちには関係のない話、で済まそうと思っていましたわ。けれどもあの討伐軍の最終的な規模と内情を偵察したところ、そうもいかないようですわね」


「こっちの諜報でも確認している。どうやらザシャの討伐軍は俺を倒した後に、そのまま獣人族の遠征部隊になる可能性がありそうだな」


 つまりザシャの討伐軍は反逆者であるデニスを討ち、更にその協力をしていたという理由で獣人族側の領域になだれ込むつもりらしい。ただしそれは上っ面の言い訳で、目的は魔族討伐の余勢をかった王国の新たな敵を作り出すためであった。


「王国の内政は外交上の敵を作らねばもたないほど荒れていますわ。それに財政も戦争を理由にした戦時体制の重税で私腹を肥やしているの。その腐った王国の腹の内は、魔族との戦争だけでは満足していないようですわね」


「まさか戦火を広げる選択をするとはな。国王は民の事を考えていないのか?」


 その真意については本人へ確認しなければ知りようもない。けれども、今の状態では王国の暴走でしかないわけだ。


 それは他の種族の民を苦しめるだけではなく、人族も苦しむ所業だ。喜ぶのはザシャのような戦闘狂と金を貰える傭兵くらいのもの。そんなようでは、平和な世の中はやってこない。


「そうですわ。だからこそ、いえ今度こそ。私たちはこの戦争に参加しますわ」


 アドリアは真剣なまなざしをデニスに向け、重大な決定を下した。


「改めてこれからも頼む。交易と同盟を、共に歩もう」


 デニスはアドリアの毛むくじゃらの手をしっかりと握り、強い同盟関係を示すのであった。

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