第25話 ミサキ

 雑な質問だった。ミサキの目が細められる。

 たっぷりと分単位の沈黙の後、ミサキが言う。


「まあ、いっかな。どうせ話した事なんて覚えてないわけだし」

「わたしにここまで踏み込んできたのもみんが初めて」


「いいよ、話してあげる。

 みんの願いについても、言っておかなくちゃならない事があるしね」


 ふわりと降りてくる。


 ミサキとみんの目線が合う。


「最初に言ったよね、ここは現実世界とは違う、異空間だって」


 はっきりと言っていたとは記憶にない。

 だが異空間について驚きがないということは、少しでも知っている事になる。


 ミサキから聞いた可能性が高い。


「みんたちがいた現実世界が中心となって、周りに異空間があるんじゃないんだよ」

「異空間は数多く存在していて、その中の一つが、みんたちが住む現実世界」

「たまたま一つの異空間が栄えただけの事」


「決まりとして、異空間には一人の管理人が存在する」

「管理人がいないと異空間はすぐに崩れてしまうからね」

「そのまま消滅すればいいけど、最悪、他の異空間を巻き込んでしまう」


「わたしは、この異空間の管理人として、監視しているの」


 連続での言葉の内容に、全て頷くのは難しい。

 言っている事を信じる事は簡単にはできないが、理解はできた。


 世界という規模になるが、ようは崩れないように支えている。

 それがミサキの役目なのだろう。


「…………?」


 そこでみんは気づく。

 ミサキがどうしてこんなゲームを開催しているのか。


 ミサキがなぜ数人に分かれてそれぞれの知識を共有しているのか。

 ではない。


「ミサキを現実世界に行かせたら、この世界が崩れる……?」


「うん。そうなるよ。最悪、近くにあるみんたちの世界に影響が出ると思う。

 破壊とか大げさな事じゃないけど、異変は起きるかもね。絶対に、良い事じゃないよ」


 それじゃあ。


「ミサキを救う事は、できないじゃないか」

「……わたしは、苦しんでなんかないもん」


「監獄と言っておいて?」

「あれはただのネーミング。意味はないんだよ」


「意味なく監獄という名称を使うのか? 良いイメージなんてないだろうに」


「とにかく! わたしはここから動く気はないよ! 

 わたしにだって、やりたい事があるんだから!」


 それが、


「今までの、ゲームになるのか?」

「そうだよ。人を集めて、ゲームをして。わたしは色々な人間を知りたい」


「まるでミサキ自身が人間を知らないみたいな言い方じゃないか」

「そういう意味だよ。わたしは人間を知らない」


 人間の姿をして、知らないなんて。


「そんな馬鹿な事って思う? 今更?」


 確かに、これまでのゲームや、複数いるミサキの事を考えれば。


「わたしは人間じゃないよ。

 この監獄という異空間を管理するために生まれた人の外側を真似ただけの存在」


「生まれた時からこの姿だった。管理をするという知識だけを持っていた。

 そんなわたしは、近くにあるみんたちがいる異空間を見れるという力がある事を知った」


 偶然だった。

 小さな子供が窓に顔をくっつけたら外が見えたようなもの。


 無意識だった。


「異空間の管理人なら、不可能ってわけじゃないし」

「ほら、異空間の外も管理対象じゃない?」

「だからわたしは、時間がある限りずっと外の世界を見ていた」


「みんたちを見ていた」

「人間に興味を持ち、憧れるのは、当然なんじゃないかな」


 その気持ちは分からない、けど。

 なんとなく、分かる気がする。


 知らない事に興味が出るのはよくある事だ。


 みんには馴染みのない、人間だっただけで。


「他の管理人に会った事がないから分からないけど、

 たぶん、みんなに同じ力があるんじゃないかな」


「わたしは眠った人間の心だけをここに呼ぶ事ができた」

「異空間の内部は、わたしが自由に形を変える事ができるから」


 ゲームを開催するのは簡単だった。


 人間を観察するのも、簡単だった。


「今まで色々な人を見てきた」

「喜怒哀楽を知った」


「感情を知った。他者の愛情を知った」

「悪意を知った。善意を知った」


「まだ、恋は知らない」


 ミサキは両手を合わせる。


「わたしは、まだやり残した事があるから」

「みんの願いは、もしも叶えられたとしても、叶えない」

「ごめんね」


 みんはゆっくりと目を閉じた。

 数秒の沈黙の後、目を開く。


「ミサキは苦しんでいるわけじゃないんだな?」


「監獄というのは名前だけで、望まず縛られているわけじゃないんだな?」


「やりたい事をしているだけで、

 やりたくない事を無理やりにやらされているわけじゃないんだな?」


 うん、とミサキは頷いた。


「それなら、ぼくがやろうとしている事は、救いではなく邪魔になる」

「ミサキが望まないのなら、ここは手を引くしかないじゃないか」


 だとしたら。


 願いは、一つしかない。


「それで、その……」


 ミサキが言いにくそうに声を出す。


「みんを現実世界に返す時、記憶を消さなくちゃいけないんだ」

「ほら、ここの事を他の人に言われても困るから」

「ごめんね、そういうルールなんだ」


 目を伏せて言うミサキは、罪悪感に支配されていた。

 記憶を消す。


 ここで体験した事の一切を、持ち帰れない。

 ミサキの事を忘れてしまう。


「脱落したプレイヤーも、そうなのか?」


「うん。気絶なら残留してたんだけど、死亡扱いになると自然と現実世界に返される。

 その時に記憶も消されているから、

 戻って目が覚めたら漠然と一時的にしか覚えていない、夢の扱いになる」


 なかなか、思い出せない夢になる。

 そして時間が経つにつれて、記憶から消されていく。


 絶対に、思い出す事はない。

 尚更、みんの願いは一つに絞られた。


「もしも、願いを【記憶消去を無くして】ほしいにした場合は?」

「それはできないよ。ルールに触れた願いは叶えられないんだ」


「ミサキの幸せ、と願っても?」

「さすがにそれは漠然とし過ぎているかな。もっと具体的でないと」


 でも、とミサキ。


「わたし自身がもう、ルールみたいなものだから、わたしに関する事は基本的に願いとして叶えられないよ。なんでもって言ったけど、わたしにも叶えられない事があるから」


「自分の事なのに?」


「自分の事なのに」


 苦笑いを返すミサキ。

 みんは決して笑わなかった。


「そうか……」


 できる事ならば、ミサキと共に帰りたかった。

 一緒に過ごせればいいな、と思った。

 でも、それはできなかった。


 無理なものは無理なのだ。足掻いても結果は変わらない。

 なら、一生会えないことを、回避するべきだ。


「ミサキ、ぼくの願い、聞いてくれる?」

「もちろん。それが、勝者の特権だからね」


 みんが手を差し伸べる。


「?」

 首を傾げながら、ミサキは出された手を握った。


「やっぱり落ち着くな……」

「え?」


「なんでもないよ。これで未練は消えたかな」


 この温もりを覚えて。


 現実世界に、帰れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る