第19話 みん その2

「結局、恐いんだ」


 ミサキは挑発するように言う。


「大事なものを失うのが恐いんだ」

「だから大事なものを作らないようにしてるんだ」

「それ、逃げてるだけじゃん」


 生物的な欠陥? とミサキは笑い飛ばす。


「欠陥だらけの自分に酔ってるの? 人とは違うから、特別だって? 

 マイナスに寄ってるだけなのに自慢するな。生物的な欠陥なんかでもない。

 誰もが思う苦しみだけど、あんたみたいな解決方法には、絶対にしない!」


「じゃあどうするんだ? ミサキの言う普通を教えてよ」


 ミサキだってまだ確信はない。

 でも、多くの人を見れば分かる事がある。


「失いたくなければ失わないようにするんだよ」

「みんは失った時の事だけを考えてる」

「どうしたら回避できるか、足掻く過程が抜けてるんだよ」


「失う気持ちはとてもつなく痛い。それはもう、裂けるほどに」

「失う気持ちを味わうくらいなら、失うそもそものものを作らない」


「でも、それって損だよ」

「失ったら嫌だって思うほどのものを得た時は、楽しいよ」


「わたしはみんと一緒にいた今まで、楽しかった。

 失いたくないって思った。もしも失った時の事を怯えてみんを呼ばなかったら――」


「わたしは、こんな楽しい事を知ることができなかった」


「みんともっと一緒にいたいんだよ」

「仲良く喋りたい。みんの事をもっと知りたい」

「嫌われたく、ないよ……」


 みんは表情を動かさない。瞳も黒く塗り潰されたまま。

 声だけが微かに動揺を見せる。


「……どうしてそこまでぼくの事を?」

「弟にいたらいいなって、思ったから」


「それって下に見てるじゃないか」

「くすっ、だってわたしはおねーさんだから」


「そんなひらがなみたいなお姉さん、いらないよ」


 ひっどーい、とミサキはおどけてみせる。


「ぼくの事をどう思う?」

「弟っぽいなって」


「じゃなくて。ぼくといたって面白くもなんともないでしょ。

 不気味だって思わない? ぼくは、人に嫌われやすいって自覚があるよ」


「過去にそう言われたの?」


 みんは頷かない。だけど、否定もしなかった。


「なんだ、それだけで人と関係を持つのを嫌がったんだ」

「嫌な顔を目の前で進んでされたくはないしね」


「結構あっさい傷してるんだね。

 いじめられたから登校拒否になったのとレベルで言ったら一緒だよ」


「あっちに悪意はないんだよ。ただ視界に入ったら嫌な顔をされる。

 それだけ。それ以外はなにもされない。だからいじめでもないんだよね」


 それに、とみんは付け足す。


「ぼく、性格は昔から変わらない。ある一つの出来事で性格が大きく歪んだわけじゃない。

 一人で未知の探求をしているのが楽しいから、人との接点を自分から減らしていただけ」


 探求という一点に、ミサキは共感する。


「友達と外で遊ぶくらいなら、図書館で一日、新しい知識を得た方が有意義だ」

「そして知識を知るからこそ、同級生の間抜けさが目に入る」

「馬鹿にしているつもりはないけど、レベルが低いと思う」


「いたずらや悪ふざけも、もっと突き抜けることができるはずだって思う」

「中途半端なんだ、どいつもこいつも」


「ピンポンダッシュ? 逃げてどうする。

 出てきた家人の戸惑う姿を安全地帯から観察してこそじゃないのか?」


 嫌な子供だ、とミサキは思う。


「ぼくは嫌なやつだ」

「客観視できるよ。そしてぼくに足りないものは様々だ」


「ぼくはそれを得ようとは思わない」


「得たところで、それは増える人間関係を維持するためのがまんを強いるものでしかない」


「人の顔色を窺い、その場その場で気を遣う。

 自分の意見は殺し、相手の望む着地点へ、さり気なく誘導する」


「息の詰まる事を、それが社会として成り立っている世界でしたくはない」

「ぼくは世界不適合者だ」

「それを誇りに思う」


「環境がぼくを一人にした。それと同じ割合で、ぼく自身がぼくを一人にした」

「あくまでも、ぼくの意思は多大に含まれている」

「それでも、ミサキはぼくに構うのか?」


 ミサキは答える。


「構うよ」

 返事は早かった。


「関係ないよ」

「みんがどんな人格でどんな生活を送り、どんな成長をしてきたか」

「どうでもいいよ」


「わたしは出会った時のみんに惹かれたの」

「今更、嫌いになんてならないよ」


「まあちょっと生意気だし、わがままだけど」


 えへへっ、と舌を出す。


「ミサキだって生意気だ」

「おねーさんに向かって生意気ってなによぉ!」


「勝手にお姉さん面しないでくれる? 似合わないよ」

「じゃあ、なになら似合うって言うの?」


 みんはミサキの拘束を解いた。立ち上がり、手を伸ばす。


「世話を焼く幼馴染あたりが妥当だね」


 ミサキは伸ばされた手を取った。


「みん……今、笑った?」

「ぼくだって笑うさ。ロボットかなにかだと思ってる?」


 まったく動かない表情を今まで見てきたのだ。そう思っても仕方ないだろう。


「ま、ぼくよりもロボットの方が笑うんだけど」


 みんは歩き出す。横に並んで歩くミサキは問う。


「それって、みんの部屋にあったテレビに映ってた子?」

「そうだけど、そこまで見られてたのか。プライバシーがまったくないな」

「ご、ごめん。みんのこと、気になっちゃって」


 言ってから、恥ずかしい理由だなと思って後悔する。

 が、みんはなんとも思ってなさそうだった。


「見てても面白くないと思うけどね。正解。ぼくはアイって呼んでる」

「アイ……アイちゃん?」


 その呼び方は誰かと被るのでやめておく。普通にアイでいいか。


「そう、アイ。ぼくの唯一の友達」


「ぼくが唯一、信じる奴だ」

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