第16話 無々

「ちっ、広いな……」


 景色の中に目標はいない。

 移動して探すしかなかった。


「いつまでしがみついてやがんだ。離れろ、暑苦しい」


 ただでさえパーカーにフードを被っているのだ。

 下半身は肌色が多いものの、上半身は冬の服装である。暑くないわけがない。


「暑いけど、離すと落ちそうだから、いや!」

「落ちるかよ。安定してんだから大丈夫だ。つーかてめえ、飛べるだろうが!」


 それでも離さないミサキを、無々は諦めた。

 首に回されている腕と多少の重みくらいしか邪魔にはなっていない。

 暑さもあるが、ミサキとここで口論するくらいならばがまんすればいいと耐える事を選ぶ。


 余計なボタンを押さないように監視するのが面倒だったが。


「無々ってさ、なんか丸くなったよねー。牙が取れたって言うか」

「お前の目は腐ってんのか? 誰がいつ丸くなったんだよ」


「だって、わたしにすっごい優しいし。

 なんだかんだ乱暴な物言いだけど、進んでなにかを壊そうとはしないし」


「邪魔になれば排除するだけだ。必要なこと以外はしねえんだよ」


 行動は最善を求める。

 何一つ無駄な行動はしないと無々は決めていた。


「わたしに優しいのも必要なことなのー?」


「そのへらへらした顔はすぐにでも潰してえ。が、お前には一切干渉できねえんだろ? 

 オレがお前を殺そうとしてもなにもできねえわけだ。なら、やるだけ無駄だ。

 お前のわがままをがまんしてんのも、やめさせようがねえからだ。

 口で言って聞くならそれでいいが、それでも無理なら無視するだけだ」


「うわ、なんかちょっとショック……」


「ま、殺さないで利用する方が便利だ。

 だから多少のわがままを許容するのも代価だとも思ってるがな」


「ちゃんとフォローしてくれてる……けど似合わない」

「やっぱ殺しておくか……?」


 真剣に考える。

 これ以上は自分のキャラに響くのではないか?



 しばらくは二人とも無言だった。

 ミサキの腕には力が入っている。意識はあるのだろう。


 もしかしたら、うとうとしているのかもしれない。


(これくらいが静かでいいんだがな)


 無々も静かさを利用して一休みしようとした。すると、


「そんな生き方、寂しくないの?」


 ぼそっと、耳元で聞こえる。


「必要な事だけをして、いらないものは排除して。

 無々は友達、いないんじゃないの?」


 ずかずかと人の心に乱暴に入ってくる言い方だった。


 が、無々は淡々と返す。


「友達はいねえな。いるとしてもオレに従う奴くらいか。

 寂しくはねえな。そういうもんじゃねえのか? この世界は」


 人と人が友達という名で群れているのは、強い奴からできるだけ生き残るため。


 仲良しこよしでも、結局は利用できるよう信頼関係を作るための集まりでしかない。


 仲良くなっても土壇場では裏切り、囮にする。


 もしも自分が弱者なら、進んで友達を増やしていた。


 が、強者であれば必要ない。

 強さを見せればいい。噛みついてくる奴がいれば排除すればいい。


 信頼ではなく忠誠。


 無々が生きている世界は弱肉強食の世界だった。


 ―― ――


「オレはそうやって育てられた」


「だからお前の言っている事はよくわかんねえ」


「なんで壊しちゃいけねえんだ? なんで殺しちゃいけねえんだ?」


「オレの害になる物や人がいれば、破壊するのが当然だろうがよ」


 ―― ――


 そうして害を一つ一つ排除していけば、無々にとって住みやすい世界へ、自然となっていく。

 刺される可能性があるから誰も隣には置かない。

 信頼が信用できない無々は、常に一人だった。

 だからこそ、ミサキという存在は初めてだった。


「てめえ、寝てるだろ?」

 返事がないミサキへ。


「んーん」

 寝ぼけている返事だった。


「……くそ親父め」


 無々は現実世界にいる育ての親へ呟く。


「てめえの教えは本当なのかよ、おい」


 無々は信頼を信用しない。

 が、背中にいてくれるこのオレンジへ向いた安心感は、なんなのだろうか。


 自分に利益を持ってくる奴はとことん利用しろと育てられた。

 使い潰せ、と言われ続けた。


「こいつを使い潰せってのは、無理な話だ」

「使い潰すこと自体が、オレ自身への害になっちまってる」

「よくわからねえが、拒否感がな」

「ちっ、もやもやする。とっととあの女をぶっ飛ばして、スカッとするしかねえな」


 無々は速度を速めた。愛舞との対戦へと急ぐ。


 この不完全燃焼を失くすために、いつも通りの破壊を。



 ――現実世界・本家――


 無無無々は捨て子だった。

 物心ついた頃にはもう既に拾われ、育てられた後だったので悲しみはなかった。


 親がいないことも最初から言われ続けていたので思う事はない。

 そういうものなんだと理解した。


 友達はいなかった。幼稚園にも学校にも通っていない。

 家に出入りする男たちに色々な事を教わった。


 ナイフの使い方を教わった。拳銃の使い方を教わった。

 信頼の使い方を教わった。排除の選別を教わった。


 この世界の醜い社会性を教わった。



 無無無々という名は、拾われた『親父』に付けられた。

 苗字まで付けられたのは、『親父』と無関係を証明するため。


 無々も信頼するなと教わっていたので『親父』のことは信頼していない。

 利用できるなら利用するだけだ。


『親父』も自分を利用している。お互いさまだ。



「見てろよ、無々」


『親父』はカマキリが入った虫かごに蝶々を入れた。


 無々はじっと見つめる。するとカマキリが蝶々を掴み、食べた。



「弱肉強食の世界だ」

「弱い奴は食われて死ぬ。お前は、どっちだ?」



 どっちになりたい? と問われた。

 幼い無々は理解して、笑いながら言う。



「カマキリになる」

「オレはお前ら蝶々を食えるようになりたい」



『親父』は新しくできた息子の目に、狂気を感じた。

 が、それでいい。


 それでこそ、隠し兵器となる。



 蝶々だった幼い無々は知識や経験を得て、カマキリとなった。

 組織の隠し兵器として日陰に徹する彼は、鳴る電話を取る。


「ああ? 今から寝るところだったんだ。用件は早く言え、くそ親父」

『お前への土産だ』


「土産だと? おいおい、厄介なもん押し付けるわけじゃねえよな?」

『疑い深い奴だ。もしそうだとしても、お前ならどうとでもできるだろ?』


「……ここで口論するのも無駄か。どこだ? 事務所か?」

『ああ、来い。そこにお前の玩具がある』


「取り扱い方は?」

『好きに壊して構わない』


「めんどうだな……。まあいい。移動は頼めばいいか。

 分かった。だが、少し眠る。今日は疲れた。連続で抗争なんかに巻き込ませんな」


『それが互いの利用じゃあないか』


「言っとけ」


 電話を叩き付けるように切る。

 部屋に一人。色々と手配するのは起きてからでいいかと思い、瞳を閉じる。


 ―― ――


「監獄へようこ――って、きゃッ!?」


 目が覚めたらオレンジがいた。

 無々は咄嗟に胸倉を掴み、押し倒す。


 ばんっ、と手の平を顔の真横に叩き付け、威圧する。


「てめえは、誰だ? なんでオレの目の前にいる? どうやって入ってきた?」


 待って待って、とオレンジがぐいぐいと押してくる。

 危険はないか……? と無々は力を緩めた。


 はぁ、はぁ、と胸に手を当てるオレンジは青くなりながら言う。


「ようこそ監獄へ……嘘じゃない嘘じゃない! 騙してもないよほんとだよ!?」


「いいから用件を言え」

「えーとね、これからゲームをするんだけど……?」


 恐る恐る、オレンジは上目遣いで言う。

 無々は額に怒りマークを浮かべた。


「一緒に、する?」


 とりあえず。


「詳しく話せ。どうせ逃がす気はねえんじゃねえのか?」


 興味を持った事を隠したまま、不機嫌を見せて無々は頷いた。


 ―――

 ――

 ―


「もう一人のわたしが押されてる……!?」


 傍観者を徹底するミサキは、一人、部屋で震えていた。

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