第17話 アクシンの天敵

 傍観者であるわたしから、ルール違反な気もするけど、言わせてもらうとすれば、

 完全体であるアクシン――ライオン型のドクマルは、自身の自慢の武器であり、攻撃手段である飛爪を、獲物を視界から逃してしまった後も継続して撃ち続けていた。


 飛爪の本領発揮は、威力でも速度でもない――いま挙げた二つの要素を細かく説明すれば、威力だって速度だって、言うほど強くはない。

 見えていれば避けることができるし、威力も、一撃で喰らった部位が、切断されるわけでもない――できて切り傷……それもあまり、深手ではないものである。


 飛爪が優位を保っていられる場所、ステージは、今のような狭い空間が続くタイプの場所――そして道が途切れずに、全てが繋がっている場所である。

 飛爪とは、反射なのだ。

 だからドクマルが自身の近くの壁に飛爪を放てば、上手いこと、全てが噛み合えば、遠く離れた場所にいる敵だって仕留められる。


 敵の位置の把握も、鼻を使えば簡単だった。

 それに今は、自分のテリトリーであるこのショッピングモール、東館にいる……、

 敵も同様にいる。

 ここならば、建物の全てがまるで自分の手足のように、把握できる。

 鼻と併用して領域把握能力を使えば、仕留められない敵はいない。


「――ふん、それにしても手応えがないな……」


 ドクマルは自分の手を、閉じたり開かせたりしながら言う――飛爪で攻撃している、それは飛び道具を使っているわけで、手応えなど分かるものなのだろうかと疑問に思うけど、プロが言っているのならば、そこは確かなのだろう。


「動かずに殺せたら、それで良かったんだが――ふん、

 ここまで当たっていないと感じてしまうと、動かないわけにはいかないな……」


 確かめないわけにはいかないな、とドクマルが、言いながら足を前に踏み出した時である――彼の足元にいた、ドクマルがいま狙っている獲物……である彼女が助けた虎の赤ちゃんが、すりすりと頬を、ドクマルの足、くるぶしの位置に擦りつけていた。


「なんだよ、こんな時に、甘えてきやがって」


 乱暴で荒々しい口調だったが、そこには嬉しさも混じっていると、さすがにわたしでも分かった――ドクマルは屈み、赤ちゃんの頭を撫でて、


「こんな時でなければ存分に構ってやりたいが、残念だったな――、

 今の俺は、戦っている最中なんだよ」


 敵に背は向けられない――正面以外は、全部、見せられないものなんだよ、と、ドクマルがそう、決め台詞のように言う。

 ……真下にいる彼女のことを考えれば、ドクマルは足の裏を見せつけていることになってしまい、彼自身の言い分が隙だらけに感じてしまうけど、知らなければ問題はない。


 彼自身がそのことに気が付かなければ、恥ずかしいなどという感情は抱かないだろう。

 まあ、ドクマルはそんなことなど気にしないような、これこそ毎回お得意の、――ふん、と鼻から息を吐いて、全てを吹き消してしまいそうな気もするけど――。


 なんて、そんな心配事は不要だったらしく、今のドクマルは、シリアスだった。


 むう、とドクマルは違和感を得た。


 赤ちゃんが頬を、ドクマルの足に擦りつけていたのは、伝えたかったからだ。

 危機感を表現する焦った鳴き声などまだ出せない赤ちゃんからしてみれば、この行動は、ドクマルに危機を気づかせるためのものだったらしい。


 残念ながら、赤ちゃんの意図は最終的に伝わることはなかったけど、赤ちゃんはそれでも満足だろう。伝えられなかったけど、別に自分が伝えなければいけない……なんて、そんな縛りなどないし、自覚的にも、そこまで思っていないだろう赤ちゃんは、全然満足だった。 


 ドクマルが自分自身で危機に気づいてくれたのならば、過程などどうでもいい――、

 結果だけが。

 気づいたという結果だけがあって、危機を回避できればそれでいい。


 ドクマルは、さっと、赤ちゃんを自分の背に隠す――。

 そして目の前を見つめて、音を、聞く。


 段々と近づいてくる音、崩壊音、削り取る音――、

 その音が自分の右耳の真横から聞こえたところで、ドクマルが回避へ移った。


「っ――」


 頭を後ろに振った――すると目の前を通り過ぎる、斬撃……斬撃だけど、これは、


「分からねえな……これは、飛爪じゃねえか……っ!」


 自分が撃ったはずの飛爪が、なぜか自分の元へ向かってきた。

 ブーメラン機能などつけた覚えはないし、反射をし続けている内に、自分の元へ偶然にも辿り着いた、なんて、いや、そんな間抜けなことはしないだろう。

 ドクマルはそう言い切れる程に自信があった。


 ならば――と、ドクマルがニヤリと微笑む。


「あの女、人間の女……なにか、しやがったな……?」


 自分でなければ相手だろうという消去法で、ドクマルは真相を導き出す。

 どうしたのかまでは、さすがに情報もない、ゼロの今では導き出すことができなかったけど、相手がなにかをして、飛爪をテニスボールのように、打ち返してきた――、

 それくらいの予想は立つ。


「ふん、情報が足らないな……今は、仕留めることよりも、情報を探す方が優先か――」


 ドクマルは赤ちゃんを、しっしっ、と手と口で示し、逃げた赤ちゃんを目で追って確認してから、再度、飛爪を放った――、

 その間にも、過去に放った飛爪は息つく間もなく返ってきている。


「――どういうことだ、どうしてこうも、正確に俺の所に返ってくる?」


 返ってくること自体はまだいいのだ――問題は、正確過ぎることなのだ。


 まるで、ドクマルが放った、計算され尽くされている飛爪、その軌道の上を、そのまま利用して返ってきているような……。

 敷かれたレールの上を滑っているかのような。

 横に逸れるわけがない、正確な、反射、反射、反射――、狙う獲物が、ドクマルが放った飛爪、それ自体を打ち返し、反射させたことを含めての、最初から最後までの反射。


 完璧過ぎる。そのまま――生き写しみたいな軌道だった。


「……不愉快だ、ふん」


 ドクマルは返ってきた飛爪を、体を移動させることで、最小限の動きで避けた――そして変わらず、飛爪を放つ……。

 このままではずっとこれが続いてしまうけど、ドクマルは気にせずに、続ける。


「付き合ってやるよ、最後まで――どっちが先に折れるか、勝負といこうじゃねえか……!」


 生産と反射。

 どちらが消耗するかと言えば、どっちもどっちだろうけど、反射させる方が、しんどいだろう――そう結論を出したからこそドクマルは、その勝負を持ちかけた。

 彼だって意地とプライドだけで勝負しているわけではなく、勝算だって考えている――まあ今の場合は、意地とプライドが勝算に勝っている気もしているが、そこは男、男の子である……。


 意地は通してこそ、

 プライドを、守ってこそだ。


 実際、消耗が激しいのはドクマルの方だけど、彼がそう感じていない、というのは、大きな力へ変換される。やる気の問題なのだ、気の持ちようなのだ――、

 プラシーボ効果であり、

 彼が勝てると感じて、信じているのならば、現実でだって、勝てるのだ。


「避けることに問題はねえな……まったく同じ軌道なら、撃った場所から遠く、遠ざかれば、当たることはねえんだからよ」


 ドクマルがいた場所が、段々と削られて、切断されていく――、

 その威力を見て、ドクマルは自分の技、飛爪に少しの恐怖を覚える。


「頼もしい味方が敵に回ると、こうも恐怖するとはな――」


 自身の技に酔っているのか、とも取れるセリフだった。

 実際、酔う程に強く、使い勝手が良くて自慢できる程の技なのだから仕方ないとも言えるけど――ドクマルはそんな自分の技を避けている間に、無意識に、後退させられていた。


 足場が無くなっている場所まで後退させられていた――けれど、さすがにドクマルだって気づいている。そこに足場がないなんてことは、知っている。

 今日できた新しい穴で、昨日までの情報を参考に位置を取っていたから、今日の出来事を脳内に反映させていなかった、というわけではないので、ドクマルは冷静に対処する。


 穴があるのならば飛んで避ければいいだけである――、足場から、足場があるところまで跳べばいいだけだ、そこに難しいことはない。野生の生物ならば躊躇いなく出来ることである。


「――ふん」と、口癖を使って気合を入れてから、

 無くなっている足場のその空間を跳び越えようとした時、

 今まで規則通りに返ってきていた一つの飛爪が、不規則な動きをした。


「な……に――?」


 ドクマルの少し前方に落ちるはずだった飛爪は、ドクマルの足に突き刺さった――、驚きと痛みによって、ドクマルは冷静さこそ保っているが、予定通りの行動はできなかった。

 予定外にも、ドクマルの体勢が崩れてしまう――。

 飛ぶことができずに、そのまま、背中から穴へ落下してしまう。


「――ちっ、女……さっきの女じゃねえ、また別の女か――お前が、なにか……!」

 

 した、と最後まで言えなかったドクマルは、穴へ落下――最後にちらりと見た、狙っていた獲物よりも年を取っていて、お姉さんという風貌の彼女は、

 緑色のクッションのようなものを抱えていた……、ドクマルは知る由もないことだけど、それはスイーツエリアに存在している、グミだった。


「落ちる、な――けどなあ、落ちたところで、俺が倒れるわけがねえんだよッ!」


「――ううん。ドクマルの負けだよ……ごめん、ね」


 少女の声が聞こえてきた。

 ドクマルは、桃色の光に包まれて――、



 その姿が、消滅した。

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