第38話 世界王の誕生

 目を開けていても閃光のせいで状況が分からないドリューが、そう叫ぶ。

 ――すると、呼ばれたホークは、「――っ、なんとか、大丈夫だ!」と叫び返してくる。

 それを聞いて安心していると、やがて閃光が消えていき、視界も明瞭になってくる。


「今、のは……」


『もう、いい――ちょこまかと動くのならば、全てを、壊してやる――跡形もなく、この迷宮監獄ごと、お前らを叩き潰してやる!

 ハエ叩きとは比較にならねえ圧死を、お見舞いしてやる――』


 どす黒い声を出しながら、目を赤く充血させながら、ナスカが死刑宣告をしてくる――、その言葉通りに、レーザーが、二人を狙うわけでもなく発射された。


『私は……いいや、俺とこのアメンボは、瓦礫程度じゃあ、潰れることはねえんだよ!』



 壁が破壊されていく。天井が破壊されていく。

 瓦礫が落ちてくる。破片が飛んでくる。


 その全てを避け切ることは難しく、取捨選択をしながら受ける受けないを考えていかなくてはならない。大きな瓦礫は当然、避けるとして、となると、小さな破片を選定して喰らっていくのが、現在、考える限りの最善手である――。

 だが瓦礫と比べれば小さなダメージ、とは言え、しかし、レーザーによって吹き飛ばされた破片の勢いは凄まじく、当たれば皮膚が剥がされる程度には、攻撃力を持っている。


 背中に、破片が突き刺さる――、そのまま、肩甲骨が持っていかれるかと思った。

 悲鳴を押し殺しながら、自分の手を噛み、痛みに耐える。

 続けて、次々とやってくる破片を喰らわなければ――、喰らい続けなければならない。

 でないと瓦礫を思い切り喰らうことになってしまう。


 瓦礫は重さの問題で、破片は速度の問題で、糸で防御することができない。

 糸でなんでも回避してきたドリューにとって、糸が通じないというのは、それだけで詰んだも同然だった。それでも避けることだけはできる――。

 今は、がまんの時。

 助けなどは望んでいない。

 ただ、時間だけを、この短時間だけを、避けて、策が完成すればそれでいい――。


 それがいま一番、望むことである。


『世界王になるのは、俺だ――』


 ナスカが誰に言うでもなく、自分自身に言い聞かせるように。

 いや、もしかしたら自分自身にも言っていない、独り言ですらない、無意識の呟きだったのかもしれない――が、言った。


『メイビー様を殺して、殺して、殺して、殺して――俺が、世界王になって、作り上げる……』


 今とは違う、世界を――と。


 彼の言う世界がどういう世界なのかを聞く暇はなかった――、別に、聞こうとも思わない……どうせ、ろくでもないことだろう。

 もしも、ろくでもないものでもなく、これからの世界を救うような世界だったとしても、それはメイビー・ストラヘッジを殺すことでしか得られない世界である。

 誰かが犠牲になっている時点で、その世界は幸福ではないだろう。


 そんな考えを出されてしまえば、大半の、世界を変えるための考えは否定されてしまうことになるだろう――。どうしても犠牲は、やはり出てしまう……、どれだけ小さな犠牲でも、やはり出てしまう。そんなことは分かっていた。

 犠牲が出て作り上げられた世界は、幸福ではない――だけど、平和に犠牲はつきものなのだ。

 そんなことは、ドリューも分かっていた。


 メイビーだから。


 犠牲になるのが彼女だから――。だからナスカの言う世界が正解ではないと、ドリューは思いたいだけなのだ。もしもナスカの作り出す世界のために犠牲になるのがドリューにまったく関係のない人間ならば、彼は、恐らく、反対をしないだろう。

 止めようともしないはずだ。

 だからこれはただのわがまま――メイビーを失いたくないからこそ、ドリューは。


 そしてホークは。


 ナスカの呟きを否定した。


 これまでのナスカの思いを、計画を、考えを、否定した。

 彼にだってあるはずなのだ――、挫折や苦労や犠牲や信頼や信用や獲得や成功や失敗が、あるはずなのだ。いつから、メイビーを殺そうと思ったのかは、ドリューには分からない。

 メイビーに分かっていないのだから、分かるはずもないだろう。


 もしかしたらメイビーの世話係として役職に就いた時からかもしれないし、前・世界王が死んだ時からかもしれないし、メイビーが世界王継承に反対された時からかもしれない。

 全てを見越して、数十年越しの計画なのかもしれないし、メイビーが世界王になれなければ、そして優勝者という相応しい候補が出なければ、得意の話術で、自分を世界王にさせることができると思ってしまって、すぐに思いついた計画かもしれない。


 なんにせよ――どちらにせよ、その計画はここで破綻する。


 完成することなく破壊される。


 ドリューとホークの――、


 いや、メイビー・ストラヘッジの手によって。



『これ、は……!』


 顔を上げたナスカは、自分の顔よりも大きな、円の、丸い砲口を見つけた――、

 一瞬だけでは判断のしようがない、だからナスカは分かっていないが、戦車が、メイビーを乗せた戦車が、アメンボの真上から、落ちてきたのだった……。

 そして、砲口がアメンボ頭頂部に向けられている。


『――く、そ、なぜ、アメンボが動かないッッ!?』


 がたがたとレバーを動かして、アメンボを操作しようとするが、アメンボは、うんともすんとも言わない――動かない。

 ぎぎぎ、という嫌な音だけが響き、動きたくても動けない。

 まるで、なにかに固定されているような感覚が、乗っているナスカにも伝わってくる。


「策の完成、タイミングとしてばっちりだな――予想よりも早い……。けど、遅い分には困るけど、早い分には困らない……、風はおいら達をあと押ししている。なんてラッキーなんだ」


 ドリューは言いながら、アメンボの関節部分を見つめる――、念のため、と確かめてみると、そこには薄過ぎて見えない糸。しかし何重にも巻かれているために太くなり、目視できる程になっているミクロン糸線が見えた。


「アメンボの関節部分にミクロン糸線を巻きつけることによって固定させて、動けなくする――本当ならば、動かなくしてから、アメンボを破壊しようと思っていたんだけどね、

 予想外も予想外……お姫様が落ちてくるなんてね――」


 たまたま、とは思わない。


 戦車に乗るお姫様は、自分の意思でこの場に戻って来たのだろう。

 あの勝気で男勝りな性格のお姫様が、自分達を置いて先に進むことなど――、誰も欠けてほしくないことを願うあのお姫様が、自分だけのために、先に進むことなどできないだろう。


 そう、今になって、ドリューは気づいた。

 それに気づけない程に、さっきは、強がっていても、ドリューも、そしてホークも、混乱していたのかもしれない。


 だけどあの時の選択は正しかったと今を見て思う。

 あの時にお姫様を逃がして、敵から意識を逸らさせてから再び、今、相手の死角である真上から、攻撃を仕掛けることができたのだから――。


 さっきの逃亡を布石にすることができたのだから、あの時の選択は正しかったのだと思う。

 あの時の自分達の混乱は良かったのだと、そう思える。


 たまたま、とは思わない。


 ここに戦車が現れたのは、お姫様の意思が関係しているのだから、偶然だとは言わないが、しかしこのタイミングで現れることは、完全に偶然だろう。

 秒単位で展開を予想することなど、正確に、コンピューターだって、できないはずである。

 この偶然も、この、糸が絡まり動けないアメンボの真上に、動けなくなったと同時にちょうど戦車を落とすことができたのは、やはり、メイビー・ストラヘッジが、世界王になるべき人間だからなのかもしれない。


 選ばれた人間だから。


 人々の――そして世界の上に立つ人間なのだから。


 

 あとは、引き金を引くだけだった。



 会話はいらない――メイビーは画面越しに、ガラス越しに、今まで世話をしてくれた、ずっと隣に寄り添ってくれた……、だが世界王という地位に溺れて人の道を外れてしまった、間違いを起こしてしまった自分の母親代わりの男の顔を、目を見て、全てを感じ取る。


 彼が思うことを――これから望むことを。


 引き金を引くことに、躊躇いはなかった。

 受け継ぐと、そう思えることができたのだからだ――。


 確かに彼の考えには、受け継ぎたくないものもある……世界王という地位を悪用している考えもあり、そこについては、許せないものだって混ざっているのだが、

 しかし、それでも根本的なところでは、メイビーの考えと、同じだった。


 そこは、前世界王の、父親の影響なのかもしれない。


 今まで一緒に過ごしてきたからこそ、考えが似たのかもしれない。


 望むことが、似たのかもしれない。

 ドリューとホークの思想とは被らない、全世界で問題になっている二択論には、当てはまらない、第三の選択肢を、メイビーと、そしてナスカは考えていた。


 実行するにはやはりドリューとホークの考えと同じく、実現することは難しいかもしれない――でも、簡単にできるその方法では、これからの、海に沈み、海の生物に支配されてしまっているこの世界を救うことは、できないだろう。


 難しいくらいがちょうど良い――。


 実現可能にするまでの過程があってこその、達成できた時の、達成感である。



「――なんて、ね。違う……国民のみんなを、待たせるわけにもいかない――だって」


 だって。


 私は。


「これからなる――なってみせる。だって私は、世界王なんだから」



 メイビーが引き金を引いた。

 砲撃と共に轟音、爆風、破片が舞い、鈍い音が迷宮監獄に響き渡る。


 粒子型カメラは撮影を中断――して、退避しようとしたが、既に遅く、爆風に巻き込まれて大破。生存確認はできず――、メイビー・ストラヘッジ、ナスカ・ワームアーム、ドリューことクロック・スカイランズ、ホークこと水代みずしろ一樹いつきの消息は不明。


 サバイバルレースは中断されず、

 しかし生き残っている者は、彼らを除けば、誰一人として存在していない。



 中継カメラを要請――。


 死体を発見できても、できなくとも、生存していない時点でレースは中断。


 その場合は加えて、世界王は誕生しない。

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