3章――【再撃の強化兵器】

第30話 第三の島

「おっ――あれって、中継カメラじゃないの?」


「だろうな。誰が一位なのか、教えに来たってわけだが――、ならあの姫様を起こした方が……、いや、別にあの姫様が必ず聞かなくてはいけない、というわけではないか」


「ま、ここで起こさずに放置して後から聞かせると、『なんで起こしてくれなかった!』とか言って殴りかかってくるけど、それを全部、君が引き受けてくれるってことなら、起こさないことに賛成だけどね」


「そんなこと言われて起こさない、とでも言うと思ったのか――まあ、姫様の腕力のパンチなんて浴びたところで、痛みなんて感じないわけだけだが。だとしてもあの面倒くさいやり取りを一手に引き受けるのもなんだか嫌だな。

 一番は、絡まれてる俺を遠くから半笑いで眺めてるお前が一番むかつくからだ!」


「だったら起こしてくればいいんじゃないの?」

 と冷静に言うドリューに、


「言われなくともそうするつもりだった」

 と返して、ホークは天井の入口を開けた。


 顔を突っ込み、逆さまの状態で中を見渡す。すると運転席の背もたれを倒して、まるで小さなベッドに寝転がるように眠っているメイビーの姿が目に入った。

 声で起きるわけがない、と実行する前に感じ取ったので、面倒だが、わざわざ降りて彼女の近くまで行き、肩をとん、と叩く。


「おい、姫様――中継カメラ、来ているんだが」


 とんとん、としつこく肩を叩く。今までの経験則で、最小限の力でやるよりは過剰だと思ってしまうが、それでも行き過ぎた方法の方が効果が出ると分かっているからだった。

 うーん、と体を揺すり、嫌々と起きることを拒否する姫様を、できるのならばこのまま寝かせてやりたいとも思うが、やはり後々のことを考えれば、ここで起こすのが一番、デメリットが最小限で済むと考えた。なのでホークは行動を続行させる。


 とんとん、と肩を叩く方法から、今では肩を、というか体全体を、ぐわんぐわんと前後に揺さぶる方法に切り替わっていた。

 乱暴な扱いだが、無人島から出て二日……、この方法は何度も試して、そして一番結果を残している。だから好んで使う理由はあれど、使わずに封印する理由はなかった。


「ぐ、んうう……、ずっ」


 と、メイビーの毛布で埋まっていて見えなくなっていた顔が、毛布が落下したことにより外界に晒されていた。

 今まで何度も、飽きる程に見ているし、今更、まじまじと見たところで、これまでの感想とさほど変わらないものだと思っていたが――、だが、今のこの姫様の表情は、卑怯だった。

 今までにないような、彼女の性格からすれば、あってはいけないような表情だった。


 見せたことのない――。


 恐らく本人は死んでも見せたくないような、表情だろう。


「…………」


 泣いていた。


 メイビー・ストラヘッジは二つの瞳から、大きな水滴を流していた。



 すると、


「――おーい、お姫様は起きて――」

「うるさい黙れ顔を引っ込ませて情報を聞いてろ」


「な、なんだよ……。そんな無表情で責めなくてもいいのに。

 ――っていうか、寝ているお姫様に、なにか変なことでもしようとしてた――わけじゃないだろうな?」


「それはお前だろう」

「してないよ、勝手に捏造すんな」


 間違いなくそんな事実はないのだが、まるでそれがあったかのように、真面目な表情と声質でホークは言う。言いながら、メイビーから離れて、ドリューがいる屋根の部分へ体を飛び込ませた。中継カメラの【現在・一位の選手】の報告はもう既に終わってしまっていたらしく、だからメイビーが起きたとしても現在、既に手遅れだったということになる。

 となると、あのまま寝かせておいて正解だったと、内心でほっとするホークだった。


「あれ? お姫様は?」

 と、顔を戦車の中に突っ込むドリュー。


 彼の視界には、毛布を顔まで被っている、

 さっきまでと変わらないメイビーの姿が映っているだろう。


 毛布を被せたのは、勝手に毛布を、意図的ではないが落としてしまったから――だからせめて元に戻すことはしておくべきだろうと思ってした行動だった。

 ホークが見てしまったのも問題ではあるのだが、ドリューがあの泣き顔を見たら、もっと問題だ。今のところ問題は一つ起こってしまっている――、だからと言って、続けて問題を起こしていいことにはならない。

 ホークは毛布を被せて、これ以上の問題を起こさないように、と防いだのだった。


 ドリューが興味本位で毛布を取ってしまえば、確実に事実を見られてしまうが、さすがにドリューもそこまでする気はないようで、


「なんだ、起こさなかったのか――」


「ああ、どうせ報告は終わっているしな――それに、疲れているみたいだったし、このまま寝かせて自分で起きるのが一番、健康に良いだろう」


「そうかな――いや、知識がないから分からないけど、うん、そうかもね。

 でも、最近は夜、うなされていることが多いみたいだ――悪夢でも、見ているのかもね」


「悪夢……か。ま、あの殺人シーンを目の前で見てしまえばそれも納得だが――」

「なんだよ、まるで、おいらのせい、とでも言いたそうな顔だね」


「そこまで直接的には言っていない――が、まったくの無関係とまで言う程、優しい俺じゃない。全部が全部、お前のせいではないと思うが、きっかけは、姫様の不調のきっかけを作ったのは、間違いなくお前だ」


 ドリューが顔を元の位置に引き戻した後、天井部分の入口を閉めて、ホークが座る。

 続いてドリューも座り、二人、背中合わせで顔を合わせず、会話を続けた。


「ふーん、なるほどねえ。――で、そのきっかけを作ってしまったおいらは、お姫様の敵と認識されて、お姫様に『好意』を少なくとも抱いているホークからすれば、おいらの存在は邪魔。

 これからのことを考えても、邪魔になる、と。

 だからここで処分しておこうと、そういうことになるのかな?」


「いや――」

 ホークとドリューは敵同士で、それは今もこれからも変わらず――。

 今は手を組んでいるだけで、

 デメリットがメリットを越えれば、容赦なく切り捨てる相手である。


 そして、ドリューの言っていることは訂正する場所があれど、大半は変わらず本音で、だとしたら、ドリューを処分した方が、誰が見ても良いのは明らかだった。

 だが、それでもホークは否定した。


「――これからの事を考えれば、お前は必要だ」


「どうして?」

「――第三の島が見えてきた」


 ホークが見ている、戦車が進む方向には、大きな島――。

 島は亀の甲羅のように丸く、(旧都市)東京ドームのように、膨らんでいた。


 鉄の壁、屋根に囲まれており、ここからでは、それに近づいたところで、きっと中身がどうなっているのかは、分からないだろう。

 分からない、が、だが情報は持っているので、ホークは気づいていた。


 ドリューも、遅れて頭の中にある情報を探って、

 あの島がどういう島なのか、気づいて、ホークの言葉に納得した。


「ああ……なるほど、次の島は――【迷宮島】か」


 迷宮島。


 文字通りで予想通り、壁と天井に囲まれているドームの中は迷宮になっており、一度入れば出ることは困難。引き返すことも困難――まるで罪を犯した者が反省のために、罰を受けるために行くような場所に思えて――、

 その予想の答えも、そのままだった。


 迷宮島――別名【迷宮監獄】。


 避けて通れぬ、今大会、最大の難所である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る