第12話 疑惑のお姫様

「――いった、たたた……、右手の骨が左手の骨と当たって痛いから、もう少し結ぶ縄を弱めてくれるとありがたいんだけど……」


「なんでこの私が、お前の言うことを聞かなくちゃいけないんだ? 

 するわけがないだろう。私の中では、お前の存在は常に変わらず【敵】なんだよ」


「だからさー、おいらは君を助けに来た騎士ってところかな、って言ってるのに――何度も何度も繰り返し言って聞かせているのに、なんで信じてくれないかなー」


「信じさせたいなら、それ相応の説得力と証拠を突きつけて言え。

 あらゆる手を使ってでも、卑怯で汚い手を使ってでも、相手を蹴落とすことが常識化しているこのサバイバルレースで、相手を助けるためだ、と言いながら近づいてくる奴を――、しかも男を、どうやったって信じられるわけないだろう」


「男は別に関係ないんじゃないかな――とか、おいらは思っているけど」


「私は女でお前は男だ――。なんだ、私は女だが、男勝りだから関係ないとでも?

 そういう無礼を私に向ける気なのか?」


「……これがあれかな――、位が高い者と低い者の、価値観の違いだとでも言うのかな? 

 まあともかく、そんなことはどうでもいいんだよ……と言いながら、掘り返して悪いけど、男勝りは……、別に無礼になるような言葉じゃないと思うけどね――逆に、褒め言葉だよ」


「お前の中ではそうなんだろう――私の中ではその言葉は間違いなく侮辱だ」


「それって……、自分は女として見られたいと――そういうこと?」


「――っ」と、メイビーは反論が咄嗟に出なかった。

 自分でも気づけなかった。そういう心、気持ちが、自分の中にもあったのだと今、この少年の言葉によって気づかされた。


 それがムカついて、恥ずかしくて、悔しくて――、

 するつもりのなかった攻撃を、少年に喰らわせてしまっていた。


 とは言え、両手を後ろで縛られている少年に向かって放った蹴りは――、爪先が股間に突き刺さり、玉二つの真ん中に伸びている本体に当たる。力をあまり入れていなかったので、攻撃とは言えないかもしれない……、だが威力はなくとも喰らう側の痛覚は敏感だったらしく、弱い力でも効果は思ったよりも出ていた。


 効果は抜群だった。


 へらへらしていた少年は、常に開いていた口が一瞬で閉じて、「――んんんんん!?」と低い声を出しながら足をじたばたとさせていた。

 そう言えば、手は縛ったが、足は縛っていなかった。頭の中から消えていて、選択肢にもなく、両手を縛ったところで満足してしまっていたらしい。

 まあ、両手を縛れば、それで満足に行動はできないから、いいのかもしれないが――。


 だが、少年のマシンが、足に装着されているローラースケートならば、その認識も危ないかもしれない。


 なので暴れる少年の足を捕まえ、今の内にマシンをはずしておく。この車内でマシンが暴れでもしたら、メイビーにはどうにもできない――。もしも車内でなく、外だったとしても、同じくどうにもできない自信があるが、それは今は置いておくとして、だ。


 ローラースケートをはずそうとしたら、顔面を蒼白にしながら、少年が声で対抗してきた。


「――もしも靴が脱げれば、爆発するぞ」


「…………」

 沈黙のまま、メイビーは手を止めた。が、マシンは持ったままだ。


 彼が言っていることは嘘かもしれない――、どちらかと言えば、この状況になってから言ったのだから、いま咄嗟に考えて、とりあえずダメ元で口に出してみた、ような感じだ。嘘の可能性が高い。しかし、この言葉が嘘だという証拠は、なにもない。

 だから、もしも嘘ではなく本当だった場合――、マシンをはずした直後、この狭い車内の中、衝撃を逃がすことができないこの車内の中で、マシンが爆発する。


 爆発に巻き込まれることは、考えなくとも答えを導き出せる。


 そして――死まで連想できる。


 そこまで考えて――、ここではずすことは、メリットよりもデメリットの方が多そうだな、と考えて、メイビーは急遽、少年のローラースケートをはずすことを諦めた。

 顔面蒼白の少年は、メイビーが手を離した後、ニヤリと笑った。


 ――ムカッときた。


 やっぱりはずしてやろうか、と思うが、爆発という一言が、メイビーを縛る。


 相手のペースに巻き込まれ、そのまま流されて、今後もその予感がしているが、しかし主導権は自分が持っている。少年は両手を縛られているのだから、動かせるのは口だけだろう。その口が、今のところ最も脅威を放っているのだが――、

 メイビーにとっては、そこまで深刻なことではなかった。


「――ちっ」と舌打ちをして、メイビーは座席にどかりと座る。

 座った運転席がくるりと後ろに向く。少年の方へ。

 運転は今のところ、真っ直ぐに進んでいるだけなのでしばらくは大丈夫だろう――、

 このまま【第一の島】まで進めるだろうと思って、放置していた。


 海の中をゆっくりと進んでいる。


 常に感じる気味の悪い浮遊感にも、そろそろ慣れてきた。


 この少年と、長く感じるような短い会話をしている内に――慣れていた。


 それもまた、この少年がムカつく一つの理由である。


「――で、私としてはこのままお前のことを海中に放り出してもいいと思っているが?」

「それは困るね。おいらにもやることがあるんだよ――それはそれは、大事な任務だ」


「任務、ね。それが私を守るとかなんとか、さっき言っていた戯言と関係があるのか?」

「ありまくりだよ――というか、それそのものだ」


 少年は、じっと、視線を乱れさせない、動かさない。一点を見つめて、瞬きをしない。

 見つめているのは、メイビーの瞳だ。メイビーの方も、ここで退けば逃げたように受け取られてしまうと思って、退くに退けない状態だった。


 じっと見つめ合う。


 狭い車内の中で見つめ合う男女――、

 暑いわけでもないのに、メイビーはぴたりと張り付く薄くて黄色い戦闘スーツの中身……、背中を、つー、と流れる汗を感じた。こうして見つめ合っていることに慣れていないからこそ、この緊張に、体が堪えられなかったらしい。


 がまんの限界がきて、メイビーがぷいっと顔を逸らした。

 小さく舌打ちをして、ちらりと、再び少年を見ると、彼はなにかをぶつぶつと呟いていた。


「……なんだ、言いたいことがあるのならしっかりと言え」


「そうだね……なら、さっきのことなんだけど。

 君は普通の女の子扱いをしてほしいってこと? その性格で?」


「なんでその話をいま出した!」


 確か、その話題はあやふやなまま、しかし一応は完結していた話題だったはずだ。もしかしてこの少年はあの時、中断していたこの話のことを、急所を攻撃された時から頭の隅で考えていたのだろうか。だとしたらなんという集中力で、的確に人が気にせず進ませて置いてほしいところを嫌なやり方で突いてくるんだ。


 やりにくい。

 やりやすい相手など、メイビーにとってはいないも同然だったが。


「……私は女だ。女が女扱いしてほしいと思って、悪いか?」


「悪くはないよ。

 ただ、世間では男勝りで女とは思えない、なんて評価を受けているから、本人も今更、キャラ付けとして変更できないと追い詰められているのかも、って思って。普通の女の子として扱ってほしいという気持ちを、たぶん押し殺しているだろうから、それを突っついてみただけ」


「攻撃の仕方が気持ち悪い! こいつ、思ったよりも女々しいぞ!」


 それに赤面顔も見たかったし、と少年は笑いながら言う。 


 撃ち抜いてやろうかと思った。

 風穴を開けてやろうかと思った。


 しかし拳銃は今、手に持っていないので、やらなかった。さっきの行動を思い返してみれば、確か運転席に置いてあると思うが――、だが手を伸ばしてまで、取って使う程のことではない。

 なので想像の中で、少年を撃ち殺しておく。

 すっきりし、ストレスを解消してから、心を落ち着かせる。


 落ち着いたところで、メイビーが聞いた。


「――お前の言う任務ってのは、なんなんだ?」


「それはね――」と、少年は言葉の後に、自分の指をメイビーに向けて、犯人を指摘する探偵のような仕草を真似しようとしていたらしいが、両手は後ろで縛られている。

 そのため、彼の思惑はどうしようにも、実行させることができなかった。


 なので雰囲気はまったく出せなかったが――まあ、今この場において、その作ろうとしていた雰囲気はただのおまけであり、『できればしたかった』程度のものなので、なかったところで特に困ったことにはならない。


 盛り上がりに欠ける、というだけで。


 メイビーはそんな盛り上がりなど期待していなかった。

 少年は、言葉の続きを、顎でメイビーを示しながら、


「……ま、難しい話はなしで一言で言えば――君を優勝させること」


 ―― ――


 言葉を失ったメイビーは置いておいて――、それが少年に託された任務だった。


 メイビー・ストラヘッジをこの『王位継承戦』であるレースで優勝させ、次代・世界王にさせることが、最大目的だった。

 彼はその目的を達成させるために、彼女をあらゆる手でサポートする。彼だけではなく、他にもメンバーはいるのだが、今のところ合流できていないところを見ると、仲間は死んだか、逃げたか――、どちらかだった。


 どの道、結果は変わらず、少年の味方は、現時点ではいないということ。


 存在していないということ――である。


 彼女自身に接触するかどうかは、完全にチームの自由であり、さらに言えば、個人の自由である。結果が出れば、過程などはどうでもいい。少年は彼女に接触しても、しなくても、どっちでも良かった――。

 どちらを選んでも、困難になることもやりやすくなることも、同程度に存在している。


 現状を考えれば、接触するという選択肢を少年は取ったわけだが、これは別に、強く望んだわけではなく、仕方がないから潜り込んだに過ぎない。

 ……戦車に乗ったのは、あまり乗り気ではなかった――。

 接触することでまず初めに彼が思い浮かべた、今後、困難になると思ったことは、一つ。


 自分のことを詮索される、ということである。


「…………」


 薄く細く、睨みつけるような視線を向けるメイビーは、明らかに少年の言葉を信じていなかった。まあ少年自身も、いきなり知らない人間が現れて、自分のことを優勝させると言ってきたら、信じるはずもないし、なにか裏があるのではないか、と考えてしまう。


 考えても考えても、メリットなどないのだから。


 深く、余計なことを考えてしまうのは、仕方のないことだろう。


 それに裏があると、もしもメイビーが考えているのならば、それは当たっている。少年も、少年が所属する組織も、ボランティアでやっているわけではない。

 組織としての目的を持っている。その目的を達成させるための過程で、小さな目的を積み重ねていくことで、大きな目的を達成させようと動いているのだ。


 メイビー・ストラヘッジの優勝は。


 組織の最終目的に、最も大きく影響する。


 だから――、一見、少年がメイビーの優勝を手伝ったところで、彼にメリットがないように見え、彼女にとっては、美味しいところだらけのものに見えるが、

 実際のところ、メイビーの優勝は彼にとって大きなメリットになっている。


 組織のメリットに。


「…………」


 メイビーはさっきと変わらず、黙ったまま、まるで品定めをするように少年を見つめている。

 警戒が強い彼女ならば、少年の提案に簡単に頷くことはないだろう。

 これから待っているのは、恐らく少年の詮索――、情報を探ってくるはずだ。


 少年にとっては、困難な一幕である。

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