マフラーと嘘

 俺は二週間を無駄に費やした。いや、もしかしたら有意義に過ごしたのかもしれない。何に縛られることもなく、俺は睡眠と怠惰な時間を思う存分楽しんだ。だが、それでは納得しない人が二人いた。

 その一人は俺で、もう一人は紅根だ。

 彼女はまだ何も分からないのかと十二月の一週を過ぎたところで催促をし始めた。友達は自殺をしたのだと噂を流し、その理由をつきとめてくれる誰かがいつか現れるのを待っていたくらい穏やかな人物だと思っていたが、どうやら違ったようだ。いや、でも俺のようなものが現れたからこそ焦っているのかもしれない。餌をおあずけされた犬のような状態なのかもしれない。

 そして、その気持ちが俺にも少しある。ただ俺の場合は餌をおあずけされているのに加え、メス犬をおあずけされているのだ。

 だが焦ったところでどうしようもない。時間が経つのを待つしかない。

 そしてその日はやってくる。体も頭も鈍ったような気がしたが、宵月の声を聞くと、体の奥で何かが動いた。

 彼女は火曜日に、また公園で会えないかと聞いてきた。俺はそれに二つ返事を返し、どうやって二つのことを成功させようかと考えた。


 火曜日、俺は公園でマフラーを貰った。赤い手編みのものだった。そして、同じ毛糸を使った手袋を宵月はしていた。

「早めのクリスマスプレゼントだけど」と一週間後にあるイベントを待ち切れなかったかのよう彼女は言った。

「ありがとう」俺はそう言いながら、クリスマスの日をどうやって過ごすか考えた。名案というものは浮かばず、ただただ、脳裏にベッドがちらちらと見え隠れしているだけだった。

「……クリスマスの日空いてる?」

「うん」彼女は頷き、俺の考えを知ってか知らずか、もしくは彼女も何か期待をしているのか笑顔になった。

 とりあえず俺は彼女の手を取り、両手で包んだ。

 俺は二週間という長い期間中、自殺の理由と性欲というものを頭の中に入れておくことに疲れたらしい。俺は思うがままに彼女に告白し、待ってましたとばかりに宵月は俺の恋人になった。あとはクリスマスの日か、そのあたりに彼女と遊んで、それから友達のことを聞けばいい。きっと、紅根は遅いと怒るだろうが、仕方ないじゃないか。

「あ、そういえば」と俺はこの二週間の生活を思い出しながら言った。「この二週間なにやってたの?」

 宵月は恥ずかしそうに笑った。

「実はマフラー編んでたの」

 へぇ、そうなんだ。嬉しいなあ。

 そんなことを俺が心から言うと思ったのなら、彼女には見る目がないねと言わざるを得ない。

 もし俺が心までも彼女に恋していたとしたら、彼女の言葉を鵜呑みにし、心踊り、全てを受け入れただろう。だが、俺は宵月の外見と体にしか興味がない。そして俺はどうしても、香月君のことが引っかかっている。

 もしかして、君、この二週間を香月君と別れるために費やしたんじゃないの?

 そう言いたくて仕方がない。

「実はさ……」

「なに?」宵月が可愛く首を傾げた。

「俺、あの、二週間前さ、次いつ会えるかなって電話したじゃん……」

 宵月がうん、うんと頷く。

「実はあの前に彼女と別れたんだ」

「え?」

「ごめん。なんか……。元々うまくいってなかったし……。あのファミレスで会ったやつらは、元カノの友達でさ。なんか、ごめん。騙していたみたいで。それに浮気相手みたいにさせてしまって」

「ううん。大丈夫」今度は首を横に振った。

 さぁ、君も暴露してくれるか。

「気にしないで。昔のことは忘れて、前見よ、前」

 言わないか……。

 俺たちはその後、近くのコーヒーショップに寄り、そのままそこで別れた。結局、宵月と香月君との関係を確定することはできなかった。

 だが、別に俺がその関係を暴く必要ないわけで。しかし俺のせいで、もしくは宵月のせいで、憤り、焦り、不安で、絶望に似た感情を持っている人間がいることには間違いない。

 その夜、俺は紅根から電話を貰った。机の上で、クリスマスのために買った情報誌をめくっているときだった。

「もしもし」

「もしもし」落ち着いた声の中に、どこか揚がっている節があった。「連織くん?」

「もちろんそうだよ。どうしたの?」

「あのさ、突然、香月君が、連織くんのこと聞いてきたんだけど」

「へぇ。何て?」

「連織くんに彼女がいるのかどうかって」

 ほう。

「なんて答えたの?」

「いないと思うけど、宵月さんとデートしたっていう噂があるって言った」

 俺は声に出して笑った。

「どうしたの?」

「いいや。それで、香月君はどんな様子だった?」

「電話で話しただけだからよく分からないけど、ちょっと間が開いて『へぇ』って言って……。それで終わり。すぐに電話切られた」

 ショックを受けている彼の姿が容易に想像できる。

「なるほど。可哀そうにな」俺は本当にそう思って言った。

「宵月さんと彼って付き合ってたの?」

「さぁ。でも、俺はそう思うけどね」

「ふーん。……で、進展は?」

「宵月さんは俺の彼女だよ」

「……え? ああ、そうなの?」

「そうだよ」

「つまり、香月君から彼女を奪ったの?」

「人聞きが悪いな。俺の予想だけど、俺が奪ったんじゃなくて、宵月が香月くんを捨てたんだよ」

 部屋のガラス戸が揺れた。風がひどいようだ。

「ふーん。まぁ、そうかもね。というか、私の言った進展って、理由の方なんだけど」

「そっちはクリスマス終わりに聞くから、もう少し待ってくれよ」

「なんで? 彼女なんでしょ? ちゃちゃっと聞いてよ」

 今それを聞いて、変な空気になったらどうしてくれるんだよ。君が代わりに俺と寝てくれるのか、とはさすがに言えないが「まぁ、待ってくれよ。俺にも他にやりたいことがあるんだよ」とだけ伝えた。

「……なるほどね。まぁ、変な風邪にかからないようにね。おやすみ」

「おやすみ」

 電話を切ると、俺は変にうれしくなった。こんな会話をしたのは、どのくらいぶりだろうか。

 カーテンを閉めるため、窓に近づくと、冷えた空気が肌の数センチ先にあるのを感じた。空には雲がなかったが、いつ雪が降ってもおかしくなさそうな寒さだった。

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