田鶴が用意していたのは、呼び出しの手紙だった。

今の自習時間フリータイムで書き上げたらしい。にいな宛てだ。もはや芸術的とも言える字で、かろうじて中身を読むことができた。



ディアー(スペル忘れました) にいなサン


 パネルのこと、それから伊波のことで、急ぎの相談があります。放課後、図書室で待ってます。時間は取らせないので、どうかお願いします。


From(こっちは余裕で書けます) 幹人みきと



幹人というのは、田鶴の名前だ。久しぶりに見たせいか、一瞬誰のことか分からなかった。


「これなら、どんな用事があっても来てくれるはずだぜ!」


うん、それは分かった。

そんなことよりも、Dearが書けていないことが衝撃的で。

無理せず、○○へ、○○より、で統一したほうがいいような……。


「バカヤロウッ、わざとだよ!」

「わざと?」

「そうだ! つまりだな、

「キャッ、Fromは英語で書けるのに、ディアーは書けないのね! きゃわいい♡」

……ってことよ! お前には難しかったかなぁ、俺の恋愛テクニック」


田鶴はふふんと得意げな顔をして、誰にともなく手を振っている。なんだろう、イラッとする。


「ま、それは置いといて。俺はこれを、彼女の下駄箱にぶち込んでくる」

「おう、行ってらっしゃい」

「いいか? 約束の場所に行くのは、だからな」

「なんで」

「なんでじゃねえ! 察しろ、俺の心遣いを!」


6時間目終了の合図を聞くと同時に、田鶴は廊下へ出て行く。

アイツ、ホームルームの存在を忘れていないか?

案の定、ばったり出くわした先生につかまって、渋々戻ってきた。やれやれだ。




ホームルーム終了後。風のように颯爽と駆け出した田鶴を見送って、俺は教室に残る。席に座り直して、持ってきていた小説を意味もなくバラバラめくる。気まぐれに文字を目で追っては、すぐに落ち着かなくなって本を閉じる。頭の中は、にいなのことでいっぱいだ。他のものが入り込む余地は無い。

にいなに会ったら、まず何て言おう。

「やあ、来てくれてありがとう」?

いやいや、誰だよ。そんな話し方、したことないだろ。無難に「お疲れ様」でいいのかな。

で、その後は……。

彼女はきっと、田鶴がいるものだと思って来るはずだから、そこの説明がいるよな。えーっと、不審に思われないように、納得のいく話をしないといけなくて。

あーダメだ。頭がパンクする。

髪をわしゃわしゃっとかき回して、ふっと顔を上げる。


「あ、イナミくん……」

「にいな!? んじゃない、望月さん!

な、んでここにっ!」


驚きすぎて、盛大に口を滑らせてしまった。慌てて言い直したけど、100パーセント手遅れだ。彼女はポカンと口を開けたまま、まばたきもせずフリーズしている。そりゃそうだ!

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