伊波イナミには『好き』が通じない

砥石 莞次

「よぉ、伊波!」

「伊波〜、元気? 調子どう、伊波?」

「伊波ってば、伊波っ!」


今日はやたらめったら声をかけられる。

それは、友だちがたくさんできたからでも、俺がイケメンに変身したからでもない。

あのバカ村長、好野好よしのこのむのせいだ。

彼がつくった、この村独自の法律。それが全ての元凶だった。

『名前めちゃくちゃ特別法』。

ふざけた名前だよ、本当。読んで字の如し、名前がめちゃくちゃ特別だよ〜って法律。そのまんま。

名前呼び=好きを意味し、勘違いによって傷つく若者を減らすことを目的にしているらしい。

それで……、なんだっけ?

『恋愛にド直球でぶつかっていけるように、ただの友人にタワーマンションや高級車をプレゼントしてしまわないように、

名前呼びは特別な関係を示唆するものとする!』だ。

一見、メリットしかないように感じる。が、それは、だ。

俺、伊波イナミは違う。

名前めちゃくちゃ特別法のせいで、かつてないほど人から注目を浴び、イジられる対象になってしまった。

目立ちたくなかったのに。村長、許すまじ。


「名字のほうで呼ぶぞ。伊波、おはよう」

「おはよ」


心の中で悪態をついていると、数少ない友人の1人である田鶴が声をかけてきた。いつもの3割増しでニヤけていて、ウザい。素直に伝えると、田鶴は豪快に口を開けて笑った。


「まあ、落ち着けって。からかいに来たわけじゃないんだよ」

「じゃあ、何の用だよ。全校集会もあるんだから、手短によろしく」

「へへっ、聞いて驚くなよ?

俺…………って、いけね。この後、打ち合わせだった!」


何の委員会にも属してないお前に、打ち合わせもクソもないだろう。そうツッコむ前に、田鶴は廊下を駆け出していた。追いかけて捕まえられるものなら、とっくにやっている。彼は陸上部のエース。俺の運動能力じゃ、一生かかっても追いつけない。

気にはなるし、イヤーな予感はするけど仕方ない。諦めて、体育館に向かう。月一の全校集会に遅れると、厄介だからな。




すでに9割以上の生徒が集まった体育館に、そーっと身を忍ばせる。誰も彼もがおしゃべりに夢中で、こちらには気づいていない様子。助かった。

2年A組の列の最後尾に座り、息を潜める。得意の話しかけるなオーラを全開にして、その時がくるのを待つ。


「えー、皆さんそろったようですので、全校集会を始めます。今日は大事なお話がありますから、真剣な態度で臨んでください」


生徒指導の大澤先生が言うと、あんなにざわついていた体育館がシンと静まり返った。大事な話ってなんだ?大きな問題でもあったのだろうか。

辺りを見渡すと、不安そうな顔がちらほら見える。


「では、生徒会長の望月さん。お願いします」

「はい」


凛とした声が響く。壇上に姿を現したのは、この学園のトップ。容姿端麗、加えて性格は女神級。勉強も運動も何でもござれ。生徒からだけじゃなく先生からの支持も高い彼女は、2年生にして生徒会長を務めている。つまり、超カンペキ人間だ。

……そんでもって、俺の幼馴染。あまりに遠い存在だから、大声で言えない。学園内でもひた隠しにしてきた。こんな男が幼馴染なんて、それだけで黒歴史ものだろう。


「にいな」


ぽつりと彼女の名前を呟く。並んで歩いていた幼少期が、少しだけ恋しい。


「2年A組、伊波イナミくんの件です」


昔は良かったなぁ。あの頃の俺は、そりゃあもう可愛くて、近所でも評判だった。にいなと2人で、将来アイドルになるんじゃないかと言われていたくらいだ。今のうちにって、サインを求めてきたおばちゃんたち、ごめんな。片方はこんなになってしまいました。


「……というわけで、今からお配りします。これを首から下げて使ってください」


それにしても、今日の集会は長いな。

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