第3話

 長い坂道を歩いて下り、広い道路に出た。この長い坂道は、いつも仕事の帰りに自転車を押して歩くのにウンザリさせられていた。自転車で下る時は爽快なのだが……。


 最近ダークブルーの電動自転車を買った清吾は、乗り心地になんて快適なんだろうと感動したのを覚えている。


 大通りを暫く歩いていると、ふと前から手を繋いで歩いて来る母子の事が、なんとなく清吾の目に付いた。


 母親は三十代半ばだろうか、そして子供は男の子か女の子かは分からないが二、三才くらいの子だろう。二人共項垂れてうらぶれた様子でトボトボ歩いている。


 清吾は何故だかこの親子が気になった。親子からはどんよりと負のオーラが漂っているように感じたからだ。なんとも薄気味悪い親子である。


 母親は一応後ろで髪を束ねてはいるが、それでも髪は乱れている。化粧をしていないからなのか、暗く顔色も悪い。子供は子供で全く覇気が全く感じられない……どころか生気が感じられ無いほど疲れている顔をしている。母親の方もげっそりと痩せこけ、親子揃って大きな暗い眼だけが強調されている。


 すれ違うまでに更によく見ると母親は三十代半ばだと思っていたが、どうやら五十代手前のように見える。

 若めのお婆さんが孫を連れて歩いているようにも見える。言っては悪いが格好も見た目も貧相な二人である。


 二人をもっと観察しようと、母子をもう一度見ると、余りに無遠慮な視線に気付かれたのだろうか母親としっかりと目が合った。

 清吾の中では「ドォンッ! 」と言う爆音が鳴り響いた様に感じ、跳び上がるほど驚いた。

 深淵に吸い込まれるかのような母親の虚な瞳は清吾を萎縮させるのに充分な破壊力を持っていた。

 清吾は恐怖を感じ慌てて目を逸らすと、足速にスーパーに向かった。


 あの母親のドス黒い陰鬱な瞳が、目に焼き付いて清吾の頭からなかなか離れない。

 元々落ち込んでいる時にさらに暗い気持ちになった。

「あの親子には家族がいるのだから、一人ぼっちの俺の方が余程不幸のどん底にいるはずじゃないか! 」と清吾は自分自身を嘲笑い、あの陰気な親子の事など早く忘れてしまいたいと思った。


 安くて何でも揃うスーパーミナトマチ。


 朝一番ながらも買い物客で賑わうミナトマチは彼にとって、なくてはならない存在である。


 彼はミナトマチに到着すると、早速食料を物色し始めた。

 なんと言ってもこの三日間はダラダラ過ごそうと心に決めているのだから。


 清吾は入口直ぐの野菜コーナーにいる主婦達をスイスイと上手に避けながら素通りして行く。

 握り寿司セットを手に取り、「回転寿司屋には当分行けないな」とまたもや暗い気持ちになった。

 清吾は常々一人で食事に出かける事が気にならない人間を羨ましく思う。

 彼にとって一人で店に入り食事を済ませる事は出来るが、料理を全くもって楽しめないし、味わって食べる事も出来ない。

「まあ、次にまた恋人ができた時にでも一緒に行けば良いか」と言う気持ちには成らない。

 何故なら恋人ができる予定はこの先ずっとやって来ない事を清吾は確信しているからだ。

 今の仕事場には清吾くらいの年齢の女性はいないし、これからも入ってこないであろう。

 今のこの職場で優子くらいの年齢の女性が働いていた事が特別に稀だったのだ。


 そんな事を考えながらも、朝昼兼用の握り寿司セットを二つ、夜の分の弁当二つ、明日からの食糧インスタントラーメン等々、カゴにドンドン入れて行く。


 それから全て容量500mlの缶酎ハイと梅酎ハイの素と炭酸水をカゴに足し、かなりの重さになった。

 もう一度来た道を引き返し、ステーキ肉2パックをカゴに放り込んだ。

 それから菓子パンを四つ、最後におつまみやスナック菓子、チョコレート等をカゴに入れ、完全に引き篭もる準備は完了した。

 三日あるとは言え、清吾一人では食べきれない程の量をカゴに溢れるように入れた。

「この三日で太ってしまっても構わない、どうせ俺には恋人もいないのだから。」と清吾は自分自身を嘲笑った。


 レジに並んでいる間、これだけの買い物をしている自分の事をまさかの一人暮らしとは思われまい等と、どうでも良い想像をしながら清吾はほくそ笑んでいる。実際のところ誰も彼のことなど気にも留める者はいないのに……。

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