第9話 構わない
マネージャーになってから二年が過ぎ、今年で三年目を迎える。
今更ではあるが、やっとこの仕事も慣れてきて遣り甲斐なんてものを見つけることができた。
そのおかげか以前よりも多くの人と交流が増えている。佐々木さんを始め、テレビ局のスタッフ、映画やドラマ関係者にも話しかけられるようになっていた。
まぁ、主に妹への連絡やスケジュール調整といった業務なのだが、以前のような、ただそこにいる人という扱いではなくなったのが嬉しい。
肝心の妹はというと、四月に高校へ入学。無事、高校生となった。
俺はてっきり芸能人御用達で有名な高校に行くのだろうと思っていたのだが、あまり聞いたことのない通信制の高校を選んだようだ。
本人曰く、どうせまともに通わないのだから通信制の方がラクだとか。
多少なりとも高校生活を味わった方がいいと思うのだが、妹にはその気がないらしい。なんとも寂しい奴だ。
「なぁ、咲。通信制とはいえ、全く学校に行かなくても良いって訳じゃあないんだろ。行けるときは学校に行って友達と高校生活満喫したらどうだ?」
「ぁっ……そこッ、キモチいい……」
「おい、変な声出すなよ」
昼、自宅のリビング。
今日の仕事は夕方からなので、昼間は時間があったのだ。
「兄さん、もっと、もっと強くシて……」
「……こう?」
「あぁッ!」
「いや、マッサージしづれぇよ!」
俺は妹のマッサージをしている最中で、うつ伏せに寝る妹の脚を必死に揉んでいた。
「ふぅ……仕方ないじゃないですか。昨日のロケ、ずっと歩かされたんですから」
「俺も無理やり連れて行かされたんだが……。あのロケ、俺もついていく必要なかっただろ」
「何言ってるんですか。兄さんは私のマネージャーじゃないですか」
「お前、佐々木さんにはついてこなくていいって言ってたじゃないか!」
「はい。特に手伝ってもらうことはありませんので」
「やっぱり俺いらなかったじゃんよ……」
昨日は散歩ロケで、ただひたすら街中を歩きまわって観光やら食レポやらをしていた。一日かけてやるロケだったのでケツがあるわけでもなく、番組スタッフの誘導に従っているだけなので本当に俺のすることは無かった。
ちなみに『ケツがある』というのは後に予定があるという意味だ。
この業界は独特な言い回しが多いため、覚えるのに最初は苦労した。
「別にいいじゃありませんか。佐々木さんは他にも掛け持ちでタレントさんのマネジメントをしていますが、兄さんは私の専属なわけですし」
「まぁ、確かに他にやることも無かったしなぁ」
「学校も、行ったところで晒し者になるだけですよ。まるでパンダみたいに」
「冷めたこと言うなよ……。じゃあ、なんで高校に行ったんだ。別に学歴なんて今更いらないだろ?」
「別に、学歴が欲しくて高校へ入ったわけじゃありません。ただ一般的に、世間は学歴で人を測る傾向がありますので高校くらい出ておかないと印象が悪くなります」
「……それって俺に言ってる?」
目の前に中卒の兄がいるというのに、よくも淡々と言えたものだ。
別に今更高校に行きたいわけでもないのだが、こう言われると少し悔しい。
「フフッ、これで学歴も私の方が上になってしまいましたね」
「え、喧嘩売ってる?」
「まさか。喧嘩は同程度の者同士でしか起こらないのですよ?」
「……」
フー……やれやれ、少し甘やかしすぎたかもしれん。
例え、いくらお金持ちになろうとも。
例え、いくら美人に育とうとも。
例え、いくら社会的地位が高くなろうとも。
決して越えられぬ存在があるということを思い出させてやらねばならない。
「……」
コチョコチョコチョコチョ……
「――ッ!! 兄さん、やめっ! アハ! アハハハ! やめてよぉ!」
うつ伏せで無防備な妹の脇腹を、俺は容赦なく
それも、子供の頃のような力任せの拙い方法ではなく、フェザータッチで優しくも激しい熟練の手つきで。
「謝れ! 兄という偉大な存在を貶したことを!!」
コチョコチョコチョコチョ……
「アッ、んっ、ちょ、ちょっと、ヤりすぎですよッ! このォ!!」
妹は我慢の限界だったのか仰向きに直り、起き上がろうとする。
無論、そんなことを許す俺ではない。
「ふんっ!」
「え、あっ」
俺は抵抗されないよう妹の両腕を掴んで拘束し、そのまま力と体重をかけて押し倒した。
「おやおやぁ? まだ愚妹の口から謝罪の言葉を聞けていないが? すみません、だぞ。す・み・ま・せ・ん! ほらぁ、早く言ってごら~ん」
「へぇ。本気なのですね、兄さん。本当に、構わないのですね?」
圧倒的に不利な状況だというのに、不敵な笑みを浮かべる妹。
もしかしたら何かを企んでいるのかもしれない。
しかし、だからなんだというのだ。
この状況で何ができるというのだ。
俺の唯一の弱点である妹の魔の手は、我が手中にある!
間違いない……この勝負、勝ったッッ!!
ガシッ
「……ん?」
妹は脚を俺の腰にまわし、ガッチリとホールドしてきた。
おかげで俺も下半身の自由が利かない。
つまり上半身は俺、下半身は妹が支配したことになる。
「ほほう。抵抗するのか、この俺に」
「兄さんが降参するまで、離しませんよ」
「……いいだろう! 我慢比べといこうじゃないかッ!」
こうして妹との我慢比べが始まった。
とはいっても、格闘技のように締め技を掛けたりするわけでもないのでただ二人共ジッとしているだけ。
妹は諦めているのか腕に全く力をいれず、抵抗する素振りも無い。
代わりに脚は絶対離さないと云わんばかりに俺の抵抗を押さえつけていた。
特にすることも無かったためか、次第に俺はあることに意識し始めた。
「兄さん、どこを見ているんです?」
「ハッ! ……いや、なんでも……」
俺はつい、妹の胸の膨らみを見てしまっていた。
去年の温泉旅行での一件以降、俺は時々あのことを思い出してしまっている。
妹とはいえ、異性の身体の感触が俺の青年としての性を強く刺激していたのだ。
そして今、奇しくも妹の胸が目の前にある。
成長期なのか服の上からでも分かるくらい大きくなっていて、もはや貧相といえる代物ではなくなってしまった。
「いいんですよ、別に」
「見てねーって!!」
「私は何を、とは言ってませんが」
「……」
今までもそういった前兆はあった。
だが、俺は認めたくないがために気づかないフリをしていた。
しかし、もはや自分に言い訳をするのも限界になってきている。
――俺は、妹を異性として意識し始めてるんだ。
俺は実の兄なのに、最悪だ。
ただ、キッカケこそ俺のサボりが原因だった温泉なのだが、こうなったのは決して俺だけのせいではないはず。妹の行き過ぎたスキンシップがなければ、こんなことにはなっていないはずなんだ。
俺はせめてもの抵抗に、妹から顔を逸らした。
いつも目を逸らした瞬間、俺の急所を掴まれて負けてしまうのだが今回はその心配はない。
「兄さん、今度はよそ見ですか?」
「……」
「はぁ、次は無視ですか」
「……」
再び二人の間に沈黙が降りた。
顔を逸らし、意識しないようにすれば気の迷いもなくなる。
そう思っていたが、さっきから下半身のところが擦られていて無視することが難しくなった。
「……なぁ、咲。さっきから腰をちょくちょく動かすのやめてくれないか」
「仕方ないじゃないですか。同じ体勢では体に悪いので、すこし動かしておかないといけません」
「じゃ、じゃあさ、提案なんだけど、二人同時に離さないか? 引き分けってことでさ……」
「お断りします」
「じゃあせめて腰動かすのは我慢して!」
「嫌なら、腕と同じように押さえつけたらいいじゃないですか」
「え?」
「ぴったりと腰をくっつけて、圧し掛かるようにすればいいんですよ」
「いや、それは……」
どう考えてもそれはマズい。
せっかく意識しないようにしているのに、そんなことをすれば今まで以上に意識してしまう。
「ほら、こうやってやればいいんですよ」
「お、おいバカ! やめろ!! くっつけるな!」
「可笑しなことを言いますね。最初に押し倒したのは兄さんですよ?」
「わ、わかった。降参、降参する! だから離せ!! 母親もそろそろ帰ってくる時間だろ!」
「おやおやぁ? それだけですか? 大事な言葉を忘れてるようですね」
「そんなこと言ってる場合か! お前だって、今の状況を見られたら不味いだろ!」
「いいえ? 私は別に見られても構いませんが」
「ざっけんなぁああ!」
俺は妹の手を拘束を解き、両腕で妹の脚を解こうとした。
しかし、いくら男女で力の差があろうとも腕の筋肉より脚の方が強いため、解くことができない。
ジタバタと暴れる俺に、妹は容赦なく追い打ちをかけた。
「お、おいっ! 抱き着くな!」
「まだ兄さんから謝罪の言葉を聞けてませんので」
妹は俺の首に腕を回し、上半身もぎっちりと拘束した。
俺は無駄な抵抗だと分かっていながらも、身体を揺らし続けた。
そして、ついに恐れていたことが起きる。
ガチャ、ドタドタドタ……
「たっだいま~! って、あんたたち何してんの?」
――――あっ、終わった。
母親が家に帰ってきて、見られてしまった。
俺はもう頭が真っ白になって動けなくなる。
しかし、妹は帰ってきた母親に対して平然としながら返事をしていた。
「おかえりなさい。兄さんとじゃれ合ってました」
「あら~! あなた達ってほんと仲良しなのねぇ。お母さん、嬉しいわ!」
「はい。仲良しですので」
……は? そう、見えるのか?
高校生になる娘が、兄に抱き着いているのにそんな認識なのか?
もしかして、俺が意識しすぎて客観的に現状を見れていなかっただけなのか?
「ふぅ。仕方ありませんが、今日は引き分けにしてあげます」
「へ?」
妹は渋々といった表情で、俺の拘束を解いて離れた。
「だから言ったじゃないですか。見られても構わない、と」
「そんな、バカな……」
未だ動揺から抜け出せずにいる俺を見て、妹はクスクスと笑っている。
そして俺に顔を近づけ、俺だけに聞こえるように囁いだ。
「兄さんは、私たちがどういう風に見えていると思ったんです?」
「俺は……」
「傍からしたら、恋人にでも見えたのでしょうか?」
「ッ! そんなつもりじゃ……」
「――別に、構わないじゃないですか。ねぇ? 浩介さん」
俺はドキりとした。
先ほどまでの揶揄うような調子ではなく、あまりにも艶めかしい声色に驚いた。
なぜ、妹は急に下の名で呼んだのか。
構わないとはどういう意味なのか。
結局その後、仕事に向かうまで俺はそればかりを考えていた。
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