平成転生~懐かしの「お約束」に満ちた世界で第二の人生を謳歌する話~

えいみー

転生編

第1話「ある人生のおわり」

………ある時代が、終わりを迎えた。


これは、平成と呼ばれるその時代を低速で駆け抜けた、一人のダメ人間の物語である。





………………





………電気が止まるまで、一時間を切った。



真っ暗な部屋には家電と呼べる物はパソコンぐらいしかない。

古い型の、とっくの昔に保証サービスの終了した物だ。



それだけで、十分だった。

もう、それだけあれば。



男は、何も言わない。


その肥えた身体は瞬きと呼吸以外必要なく、キーボードを叩く指先は何度も繰り返した動きを正確に繰り返す。


パソコンの画面では、ドットで描かれたロボットが、画面の右端から迫り来る敵と戦いを繰り広げていた。


武器は、手にした銃から放つビーム弾とミサイル。

背部のバインダーを前方に向けて放つ破壊光線のみ。

敵の弾丸は、ロボットの握るビームの刃で切り払う事が出来る。


見て解る、古いゲームだ。

十数年も前に、パソコンショップで中古購入した、どこかの同人サークルが作った同人ゲーム。


今の男にとっては、それが全てであり、また最後の晩餐のような物でもあった。





………………





男は名を「斉藤貴明さいとう・たかあき」という。

年齢は35。

職業は、無職。


というか、ついこの間無職になったばかりだ。

勤務先が、不況の煽りを受けて閉鎖したばかりなのだ。


ガスも水道も止まり、電気ももうすぐ止まる。

だが、問題はない。

これが終われば、もう、使う事もないのだから。





………………






………電気が止まるまで、あと30分。



やがて、ロボットの前に巨大な敵が現れた。

このゲームのラスボスである、宇宙生物に寄生された巨大戦艦だ。


貴明は表情一つ変えず、ロボットに巨大戦艦を攻撃させる。


目をチカチカさせる程の弾幕が襲いかかり、眼鏡の奥の腫れぼったい目が霞む。

年齢的に既に辛い物であるが、貴明には関係ない。


全て、覚えているのだ。

巨大戦艦の行動パターンも。

どこに弾が飛んでくるかも。

それに対して、自分がどうするべきかも。


太い指先で、貴明が器用にキーボードを弾く。

ロボットの正確無比な攻撃が、巨大戦艦の、個別のエネミーとして設定されていた砲台や雑魚メカの発射口を破壊する。


そして、巨大戦艦のコアが露出する。

そこは弱点であると同時に、ロボットを一撃で破壊するビームを放つ器官。


チャンスとピンチが一度に来るが、貴明は焦らない。

ビームが放たれる直前の、一瞬。



………カチリ



ビームが放たれるより早くキーボードが弾かれ、ロボットがバインダーを展開。

巨大戦艦がビームを放つよりも早く放たれた破壊光線は、コアを直撃。

巨大戦艦の、最後の耐久値をえぐり取った。


ステージの音楽が、止む。

8bitの爆発音が響き、ドット絵の爆発エフェクトが巨大戦艦を覆い尽くし、画面がホワイトアウトしてゆく。



………電気が止まるまで、20分。

間に合った。


既に契約を打ち切られ、時計としての役割しか果たさなくなったスマホを見て、貴明はホッとしていた。



英語表記で記されたスタッフの名前が、宇宙空間にて母艦に帰還すべく飛ぶロボットを背景に流れてゆく。

エンドロールだ。


もう、操作する事はないが、まだ貴明は手を抜けない。

この後、隠しステージがある訳ではないが、貴明には目的がある。



………電気が止まるまで、あと15分。



やがてロボットが母艦に着艦し、エンドロールが終わる。

夕日に佇むロボットをバックに写し出されるリザルト画面。


最高得点である9999点を取るのは、もう何度目か。

だが、重要な事はそれではない。

貴明は静かに、エンターキーを押す。


すると、画面が変わった。

そこには、今まで操作してきたロボットのパイロット………一人の美少女の立ち絵が表示されていた。


名前も知らぬ彼女は、ぴっちりと肌に張り付いたパイロットスーツの胸元を明け、ぱたぱたと扇いでいる。


クリア得点のCGだ。

このゲームを最高得点でクリアした者にのみ与えられる、制作サークルからのご褒美だ。



今の基準で見れば、そこまで扇情的という訳ではない。

制作当時の基準で言えば巨乳に分類されるのだろうが、現在の深夜アニメにはこれより大きい美少女ヒロインなんて何人もいる。


だが、貴明には彼女が………小学生の頃にゲームをクリアし、初めて見た時から非常に色っぽく見えた。

そして、彼女こそが二次元の初恋であり、彼をその方面に目覚めさせた………もっと言えば「今まで自殺せずに済んだ」理由だ。


ゲーム自体の評価はハッキリ言ってクソゲーだが、そんな事は関係ない。

彼女が居るだけで、貴明にとってこれは海外の大作洋ゲーすら霞む、神ゲーなのだ。



「はぁ………はぁ………」



息が荒くなる。

ぴっちりと浮き出た乳房も、露になった谷間もそうだが、彼女の絵柄から輪郭の線に至るまで、貴明にとっては全てが扇情的に感じる。



電気が止まるまで、あと10分。


最後の晩餐には、十分な時間だ。

貴明は必要のなくなったキーボードを荒っぽくどかすと、パソコンの画面にかじりつき、パンツを下ろす。


視界いっぱいに彼女を焼き付け、ストローク。

ストローク。

ストローク。

ストローク。

ストローク。

ストローク。

ストローク。

ストローク。

ストローク。



「………ウッ!」



わくわく!びくびく?大爆発。



まったくもって、惨めである。

生物としても、人間としても。


けれども、パソコンの中の彼女は嫌な顔一つ見せない。

自分の眼前で自分に発情し、惨めに自分を慰めた貴明に対して、平面の向こうから変わらぬ笑顔を向けていた。


彼女だけが。

彼女だけが、金も地位も外見も何もない貴明に、微笑みかけてくれていた。

二次元のキャラクターの、名も知らぬパイロットが。



「………ありがとう………今まで」



ぶちゅう。


貴明は、そのタラコのような唇を、パソコンの画面に押し付ける。

こんな自分のキスにも、彼女は笑顔で答えてくれる。


それだけで。

ただ、それだけで、貴明は今までいい事なしだった人生が、少しだけ報われた、気がした。



………電気が止まるまで、あと5、4、3、2、1。



プツン。



電気が止まり、動力源を失ったパソコンの画面がブラックアウトする。

今時、口にされる事も無くなったさいあいのひと俺の嫁との別れを終えた貴明は、立ち上がり、パンツを上げる。


もう、ここには………この世には、用はないのだから。





………………





貴明の人生は、悲惨と言っていいだろう。

同じような事は日本中で起きているが、それでも悲惨である事には変わりない。



小中高と苛烈なイジメの中で過ごし、親すら味方になってくれなかった灰色の青春を、泣きながら過ごした。


親から大学進学を「お前はバカだから無理」と諦めさせられ、無理矢理入れられた介護の専門学校。

思えば、大学に進学させた妹に代わり、自分達の介護をさせるつもりだったのだろう。


専門学校を出るも、技術を活かせる仕事は地元にはなく、就職させられたのは苛烈なブラック企業。

パワハラと暴力の嵐の中を、貴明は泣きながら過ごした。



そして………。



親は癌が悪化してこの世を去り、勤め先のブラック企業も不況の煽りを受けて潰れた。


ようやく、苦しみから解放された貴明だったが、全ては手遅れだった。

親は遺産をほとんど残さず、貴明がほとんどを献上していた給料も、彼等の「老後の楽しみ」に消えていた。


残ったのは介護とストレスでボロボロになった身体と、35歳独身無職という「社会のゴミ」と蔑まれる肩書きと、このローンを払い終わったボロボロの家のみ。


再就職をしようにも、こんな人間を雇ってくれる所など、あるわけがない。


「詰んだ」のだ。



カルシウムの骨は萎え、タンパク質の筋は力を失い、

脂肪に覆われた腰は、二度とありし日のように立ち上がる事はない。


斉藤貴明は死んだのだ。

狼も死んだ。

豚も死んだ。

心に希望を持つ者は、全て逝ってしまった………。

 


何も、珍しい事ではない。


貴明のように、未来に希望を失い自ら命を断つ者は、決して少なくない。

ただ、マスメディアが忖度して報道しないだけだ。





………………





電気が止まり、ゲームの中の初恋の相手に別れを告げ、ようやく貴明は「終わらせる」準備が出来た。


台座代わりにした椅子に、足をかける。

天井からぶら下げた縄に、首をかける。


すう、と息を吸う。

これで、ようやく終わる。



「………さようなら」



今まで心の支えになってくれた、何人もの二次元の美少女への感謝。

そして自分や、自分のような人間を多く産み出し、救おうともしない今の社会への呪詛。


両方を込めて、貴明は椅子から飛び降りるように、あの世への一歩を踏み出した。

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