第26話【メイシス王女の錬金工房合宿 その一】

 その日の朝はララの叫び声で始まった。


「いやぁー!なんでぇ!?」


 叫び声を聞いた僕とミルフィがララの部屋のドアを開けた。


「ララ!どうした!?なにが!……」


「ララちゃん。どうしたの?」


 部屋に踏み込んだ僕はララの姿を見て固まり、慌てて部屋を飛び出した。そこにはダボダボで半分服に埋もれている『成長前』のララの姿があった。


「ミルフィ!ララの事を頼む!僕はちょっと出てくる!」


 僕はミルフィにララの事を頼むと慌てて外出した。


『ヤバイ。昨日帰ってから何か忘れている気がしていたが今思い出した!マズイなアレはもう出来てる頃だとは思うけど早く取りに行かなくては』


 僕はそう思いながら先日ララの服を買った店に飛び込んだ。


「店主はいるか!?先日頼んでおいたアレは出来ているか?」


「おお、錬魔士様。お待ちしておりましたよ。ご要望どおりデザイン違いで2着準備できております」


「すまない。助かった!お代は急いで来たから持ち合わせてないので工房のミルフィに請求はあげてくれ!恩にきる!!」


 僕はそう言うと店主から服を受け取って工房に急いで戻った。

 工房のドアを開けた瞬間ララの怒った声が響いた。


「た~く~み~!どーして私は元に戻ってるの!ちゃんと説明してくれるかなぁ!」


「ま、まてララ少し落ち着けって。今から説明するからって先ずはそのダボダボの服を着替えろ。

 ほらここに新しい服を用意してあるから!

 ミルフィ。着替えを手伝ってやってくれ!」


「はーいですの。ほらララちゃん部屋に行きましょうね」


「タクミ。逃げたら承知しないわよ!絶対そこで待ってなさいよ!」


「分かった。分かったから早く着替えてきてくれ!」


 ララは怒りながらもミルフィに押されて部屋に着替えに行った。


『ふう。アレで機嫌が治ってくれると助かるんだけどな。

 無理なら甘いお菓子でも作って機嫌をとるか……』


 僕はララが着替えてくる間、どうやって誤魔化すかを真剣に考えていた。


「タクミ!!これ可愛い!!私の為に作ってくれたの!?嬉しいー!!」


 着替えたララが突然部屋から飛び出してきて僕に抱きついてきた。

 僕は突然の事に思考が追い付かずに手を何処に持っていったらいいか分からず宙をバタバタさせていた。


「ララ?服は気に入ってくれたかい?」


 少し落ち着いた僕はララの肩に手を置いて体を離すようにして目をしっかり見ながら聞いた。


「うん。ミルフィさんに聞いたわ。

 あの薬は実質1日しか効果がないから元に戻った私が悲しまないように今回着た服と同じデザインのサイズ違いと私好みの可愛い服を前もって注文して置いてくれたって」


「ああ、すまない。

 薬の効果についての説明不足だった事は謝るけど今の僕にはあれが精一杯だったんだよ。それに……」


「それに?」


「い、今のララの方が可愛いと思うぞ」


 言った瞬間ララの顔が真っ赤になった。

 きっと僕の顔も真っ赤になっていただろう。


『ヤバイヤバイ。ガラでもない事を言ってしまった。ふぅ落ち着け落ち着け』


 顔を赤くしながらもニヤニヤしているララを横目に僕はミルフィに『何とか機嫌は治ったみたいで助かった。ミルフィありがとう』と感謝の合図をした。

 それを見たミルフィは『どういたしましてマスターさま』といった感じて笑っていた。


「マスターさま。そろそろ準備をしないと間に合わなくなると思うのですが……」


 横から苦笑いをしながらセジュが僕を促してきた。


「準備?何かあったかな?」


 僕は本気でなんのことか分からなかったのでセジュに聞いてみた。


「マスターさま。それ本気で言ってますか?

 昨日何があったか忘れたのですか?

 メイシス王女殿下ですよ!

 今日からこの工房に指導を受けに来ると言われていたじゃないですか!

 部屋も準備しないといけないし指導の準備も必要ですよ!」


『ああ、そうだった!そう言えば工房ここで指導する事になってたんだった。

 しかも今日からいきなりとかあり得ないだろ』


 僕はぶつぶつ言いながら指導の準備を始めた。

 とりあえず一週間くらいは基礎の基礎。

 魔力制御の指導でいいだろう。

 すぐに出来ても安定しなければ次には進めないでおくか。

 何でも基礎は大切だからな。


「ああ、そうだミルフィ。

 メイシス王女の部屋の準備と服屋が服の代金を取りにきたら払っておいてくれないか?」


「了解ですの。マスターさま。

 お部屋はララちゃんの隣でいいですか?」


「ああ、それでいいだろう。

 すまないが頼んだよ。

 あと、シールはこのメモに書いてある素材をいつでも使えるように準備して収納しておいてくれ。

 足りないものは買ってもいいから」


「了解なのだ。マスター!」


 大方の準備が整った午後、工房の前に豪華な馬車が停車した。

 言わずと知れた王家の家紋が付いた馬車である。

 馬車が停まると女性護衛が先に降りてきて続けてメイシス王女殿下が姿を見せた。


「錬魔士様。先日はお世話になりました。

 先日、国王陛下と取り決められた件お忘れないと思いますがこの場にて再度確認させてください。

 まず、私が成人を迎えるおよそ3ヶ月間こちらの工房にて私を錬士様の婚約者として指導するで間違いないですか?」


 王女はいきなりとんでもない事を言い出した。


「はははメイシス様、お戯れはそのくらいにしておいてくださいね。メ

 イシス様は僕の『婚約者』ではなく『弟子』として指導を受ける約束でしたよね?

 守れないようでしたらお引き取り願うかも知れませんよ」


「やはり聞き逃さないわね。分かってますよ。

 でも、ひとつだけお願いがあります。指導期間中は師と弟子。

 錬魔士様の事は『タクミ師匠』と呼ばせてください。

 そして私の事は『メイシス』とお呼びください」


『また、無茶を言うお姫様だ。

 王女様を呼び捨てとか事情を知らない人が見れば不敬罪になる案件として通報されるかもしれないじゃないか』


「メイシス様。いくら師と弟子でも元の身分は変わりません。

 メイシス王女殿下とは言いませんが様付けはご容赦くださりませんと他の者に示しがつきませんよ」


 僕の言葉に少し考えたメイシス王女はしぶしぶ頷いた。


『やれやれ先が思いやられるな』


 僕は早くもウンザリしながらメイシス王女を工房に招き入れた。

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