第17話【錬魔士への緊急依頼 その三】

「この先にフリッジス様の巨木があります!」


 フラリスがそう叫ぶとイリアスと一緒に走り出した。


 先程から木々の間から巨木の姿が見えてのを確認するとフラリス達はフリッジスと言う精霊が宿る巨木に駆け寄り、幹に手を掛けて祈るように叫んだ。


「フリッジス様!!」


『お前達……すまない。少々遅かったようだ……。

 今の我にはこの状況を抑える力は残っておらぬ。

 じきにこの辺りは瘴気の霧に包まれる。

 お前達も早くこの場を離れるようにしなさい』


「そんな!フリッジス様!」


「錬魔士様をお連れしました!対処法も考えて貰ってます!諦めないでください!」


 僕はセジュに魔法の準備を頼むと谷の主フリッジスに向かい説明を始めた。


「今回の原因は正体不明の病原体による精神洗脳病。

 仮の病名として『精霊病』としますが、殺菌薬も殺虫剤も効きません」


「僕の見立てでは皆さんの本体に恐らくですが寄生型の魔物が潜んでいます」


「回復するには今の時点では魔法を使ったダメージで魔物を排除するしか分かっていません」


「幸い僕には魔法に長けた仲間が居ますので早速治療をしたいと思います」


 僕はそう言うとセジュに向けて指示を出そうと振り返ったその顔が驚愕に変わった。


「セジュ!ミスド!シール!」


 僕の後ろに控えていたはずの精霊達は皆意識を失って倒れていた。

 唯一無事だったララに何が起こったのか説明を求めた。


「ララ!一体何があった!?」


「わからない!黒っぽい何かが通り過ぎたと思ったら急に皆が倒れていたの!」


「黒っぽい何か?まさか今回の元凶の病原体か!?」


 回りを見回すとセジュ達だけでなく、フラリスやイリアス達も同じく倒れていた。


「マスター様」


 その時セジュが気を取り戻し語りかけてきた。


「マスター様すみません。油断しました。どうやら体の制御中枢の自由が効きません」


「意識は何とか抵抗しているのですが、かなり強力な精神支配を持つ魔虫かと思われます」


 本体では無く精霊自体に取り付くタイプの魔物、いや魔虫か。

 また厄介なやつが出てきたもんだ。


 僕は懐から回復薬を幾つか取り出すとララに渡して「後は頼んだ」と伝えると例の杖を構えた。


「悪いけど僕は錬魔士であって魔法使いじゃないんだよ。

 だから僕に出来る事をやるだけなんだ」


 僕はフリッジスに……ではなくセジュに向けて杖を差し出して聞いた。


「君の主人は僕だ!その僕の指示に従うのは当然だよね?」


 普段なら絶対に言わない僕のセリフにセジュは微笑みながらさらりと返した。


「貴方なんか知りませんわ。そんな方の指示に従うの義務はありませんの」


 不自然なやり取りを聞いていたララが意見をしようと口を開けた瞬間。


『ピカッ!ドドーン!!』


「!!!」


「ぐうっ!」


 目の前の二人に雷が落ちた。二人にだ。


「タクミ!セジュさん!」


 ララは一瞬唖然としたが、手に持っている回復薬の感触に先ほどタクミから言われた事を思い出した。


「回復薬を!」


 ララは二人に回復薬を飲ませようとするが意識のない者に飲ませるのは口移しでしか思い付かない。


「えーい!責任取りなさいよ!」


 ララは覚悟を決めて回復薬を口に含むと僕に口移しで薬を飲ませた。


「うーん?はっ!なんで僕にまで雷が落ちるんだよ!」


 僕が叫びながら目を覚ますとララが口を擦りながら飛び退いた。


「起きたわね!さっさとセジュさんも助けなさいよ!」


 ララの声にセジュを見て僕は秘蔵の超回復薬をセジュの体に振りかけた。


「はっ!マスター様!不覚をとり申し訳ありませんでした!」


「大丈夫だ!セジュ後は頼んだ!!」


「了解!」


『ハイパーサンダーレイン・エクストラ!!』


「ララ!こっちに来るんだ!!」


 僕は咄嗟にララの手を引っ張って抱き寄せた。

 次の瞬間!辺り一面に雷の雨が降り注いだ!目を開けていられない光と辺りから聞こえる悲鳴はものの十数秒でおさまった。


『エリア・メガヒール!』


 セジュの声が響くと辺りを暖かい光が包みこんでいった。


「ふぅ。ちょっと焦ったよ。

 セジュの攻撃魔法はマスターである僕には効果がないんだけどララには攻撃が及ぶ可能性があったからね」


 僕はそう言いながらララの顔を見ると真っ赤な顔をしたララが睨んでいた。


「ララどうした?いや、いきなり抱き寄せたのはセジュの雷魔法から守ろうとしただけで決してやましい事はないぞ」


「そもそも僕はロリコ……あいた!」


 いきなりララにボディーブローを入れられた。


「あんたねぇ!回復薬は体にかけるだけで良いなら始めからそう言いなさいよ!」


 ララ激おこモードである。


「何を怒ってるのか良くわからないけどララに渡した回復薬はちゃんと飲ませないと効かないぞ。セジュに使ったやつは特別製だ」


「って良く気絶した僕に飲ませてくれたな。

 簡単なようで気絶している人に薬を飲ませるのは大変なんだからな。ありがとな」


「気がついてないならどうでもいいわよ。あんなのは当然ノーカンだし」


 ララがボソボソと何か言っているがよく聞こえないからそっとしておく事にした。


   *   *   *


「迷惑をかけた」


 セジュの雷魔法を受けて体に寄生していた魔虫を排除した精霊達はすっかり元どおりとなり谷は平穏を取り戻していた。


 巨木の精霊フリッジスは僕達にお礼とお詫びを繰り返し、フラリスとの契約よりもかなり多めの報酬を僕に押し付けてきた。


 理由はギルドを介していない飛び込みの依頼を受けてくれた事。


 フラリスとミルフィが知り合いだったとしても、原因不明の精霊病と言う危険度の高い依頼に対して幾つもの対策を考案し、実用性のあるレベルまで引き上げてフリッジスの元へたどり着いた事。


 最後に精霊達を大切にしている貴公の手助けになればとの思いで用意した報酬だから是非受け取って欲しいとの事だった。


 感謝を受け止めて報酬も正当でお互いが納得いくものを頂くのがこの世界では正しい行為なのでありがたく頂いておいた。


「それでは依頼完了と言うことで私どもは引き上げさせて貰います」


「ありがとうございました。錬魔士様のおかげで精霊仲間も元どおりの生活に戻る事が出来ました。改めてお礼をさせてください」


 フラリスはそう言うと深々と頭を下げた。その後ミルフィに「また遊びに行く」と約束していた。


 帰り道はフラリスとイリアスの二人が谷の入り口まで案内してくれたがフリッジスの加護が戻った谷は魔物も出なかった為に皆は女子精霊トークに華が咲いていた。


 今回あまり活躍出来なかったミスドは何か考え事をしながら一番後ろからついてきていた。


 ララは女子精霊トークについていけなかったらしく僕の横で何やら「責任」とか「ノーカン」とかぶつぶつ言いながら歩いていたかと思うといきなり「帰ったらケーキ作って!」と言い出したりしてた。


 まあ、今回は色々大変だったから帰ったら甘いものを作って紅茶で一息いれるのも悪くないなとララの頭を撫でながら帰路についた。


  *    *    *


「ただいまー!やっと落ち着けるな」


 谷の入り口でフラリス達と別れて工房へと戻ってきた僕達は各自落ち着ける場所に移動して一息いれた。


「よーし!ララちょっといいか?」


「なによ?今凄く疲れてるんだけど」


「まあ、そう言うな。疲れた頭と体を癒す為に、甘いケーキを作ろうと思うんだがせっかくなんでララにも作り方を教えてやろうと思ってな」


「私でも出来るの?」


「そうだな。普通に料理スキルで作ると手間がかかるのと完成形にばらつきが出やすいんだけど、料理錬金で作ったら失敗しない限りまともなケーキが出来る」


 僕はララにそう言いながらケーキの素材をテーブルの上に並べていった。


「いいか?料理錬金のコツは正確な素材分量と魔法石を入れるタイミングだ。分量はこの紙に書いてあるからこっちの秤で確認してくれ」


「魔法石を入れるタイミングはこっちの砂時計の落ちきる時がベストタイミングだ」


「よし。ララやってみろ」


 僕は素材の準備を済ませると錬金釜をララに譲った。


「それじゃあ作ってみるわね。上手く出来なかったらあんたが作ってよね」


「はいはい。了解ですよ」


 僕はニコニコしながらララが奮闘する姿を暫く眺めていた。


「よーし!出来たぁ!」


……その後、皆で楽しくお茶をしたが誰が作ったケーキかは秘密にしておく。

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