第12話 【極楽ザメの牙包丁を作ろう~特訓・納品編~】

「よし、今日も特訓だ!」

「いいか!ここが大事なんだ!

 よく見てろよ。この角度から見る姿が一番美しいんだ!」


「はい!師匠!こうですか?」


「そうじゃない!こうだ!むん!」


 ミスドによるトリフの料理特訓をしているはずの厨房で僕は目を点にしていた。


「ミスド、念のために聞くけど何やってるんだ?」


「見てのとおりトリフの美意識を高める特訓をしている所ですが……」


 そう言われて僕はもう一度二人を見てみたが、何度見ても上半身裸でポーズをとっているだけにしか見えなかった。


「いや本当に何やってるんだ?」


「ですからトリフにこの鍛え抜かれた肉体美をどの角度で見せれば一番美しいかを教えていたんですぜ」


「いや、僕は確かトリフに『料理の美しさ』を教えて欲しいと言ったと思ったんだが……」


「心配しなくても、もちろん忘れてはいませんよ。こちらに並んでいる料理の数々はトリフが作ったものですぜ」


 そこには以前毒々しい料理を作っていたとは思えない程整然とした美しい料理が並んでいた。


「おお!やれば出来るじゃないか!!」


 僕は喜んで並んでいる料理を試食してみようと手を出そうとした時、ミスドが言った。


「マスターちょっと待ってくれ、そいつは……」


「ん?」


 僕は手に持ったフォークを料理のひとつに突き刺そうとしたが跳ね返されてしまった。


「ん?んん?」


「マスター、そいつらは外見を鍛える為に作った食品モドキですぜ」


「これから最終段階に入るところなんで、もう少しだけ待ってくだせぇ。

 なに、心配しなくても期限には間に合わせますんで」


「よし!次のポーズいくぞ!」


「はい!師匠!」


(本当に大丈夫なんだろうな……)


 不安を抱えながらも任せたんだからと信じる事にして工房に戻った。


 数日後、ミスドの言うとおり味と見た目で合格ラインを越える物を提示された僕は心底ほっとした。


   *   *   *


 約束の期日数日前に執事のハイラスへ連絡を取り、主人となる子爵家当主のエリアス・フォン・アイリスに工房まで出向いて貰った。


 普通は貴族当主を呼びつける店主(工房主)など存在しないのだが、今回はトリフとの主従契約(雇用契約?)に伴う儀式があるので工房まで出向いて貰う事となった。


「ようこそおいでくださいました。錬金魔法士のタクミと申します」


 先方はアイリス子爵と執事のハイラスのみ工房へ入り、護衛は建物の外で待機している。

 僕達は一応全員工房内に居るけどミルフィだけ紅茶の準備等接客をしてその他は控えて貰っている。


「アイリス子爵家当主、エリアスだ。

 この度は無理を聞いて貰い感謝している」


「こちらこそ当工房までご足労頂きありがとうございます」


 子爵家当主とはいえ精霊付の神具の受け渡しであるために錬魔士の二つ名を持つとはいえ平民の自分にも丁寧に接してくる処は精霊を軽視していない証拠でもあるため好感が持てる。


(この当主ならはトリフを大切に扱う可能性は高いかな。

 まあ、精霊を雑に扱うとろくな目には会わないんだけどね)


 僕はそう思いながらエリアス子爵へ精霊との接し方や契約の方法、禁止事項等注意事項の説明をこなして行った。


「……と言った感じですね。

 後は本人を交えて最終調整をしましょう。

 ミルフィ、トリフとミスドを呼んできて貰えるかな」


「少々お待ちくださいの」


 ミルフィはそう言うと二人を呼びに奥の部屋に向かった。


「こちらが依頼された極楽ザメの牙包丁付の精霊『トリフ』です。隣に居るのは料理の師匠で『ミスド』と言います」


「トリフです。料理は師匠に鍛えられて自信が持てるレベルまで要っていると思いますので、まずはこちらをお試し下さい」


 トリフはそう言うと先ほど作った料理をテーブルに並べ始めた。


「ふむ。君が我がアイリス家の料理長を引き受けてくれるトリフ君か。どれ、うむ。

 料理な腕も確かなようだ」


「見た目が少々若いので不安もあったが、いや杞憂だったらしい」


「ぜひ貴方と契約をしたいがどうすればいいのかね?」


 子爵はトリフの方を向くと右手を出して握手を求めた。


「契約にはこの『契約の指輪』をお互い着けて契約の言葉を唱えて頂ければ完了となります」


「トリフ、君の主人となるのはこちらの方でいいかな?」


 トリフは子爵と僕とミスドを交互に見ながら少し考えて言った。


「適切な条件で雇用契約して頂く事が確約出来るならばお引き受けしても良いと思います」


「但し、不当な扱いを受けた場合はマスターに報告の上、契約を解除させて頂く事となります」


「分かりました。必ずお約束はお守りしますのでよろしくお願いします」


 それを聞いたトリフは子爵の握手に応じてから僕の方を向き頷いた。


「双方の合意が得られたので、これより契約の儀式を行います」


「まずはこの指輪を双方はめて下さい」


「よろしいですか?では始めます」


『極楽ザメの牙包丁付精霊トリフはアイリス子爵家当主エリアス・フォン・アイリスを主人として当家の料理長の職務を受理し、適正な条件の元責務を果たす物とする』


『アイリス子爵家当主エリアス・フォン・アイリスは精霊トリフの主人として恥じない対応で職務に専念出来る環境を整え維持する事』


『なお、上記の事項に著しい違反があった場合は錬魔士こと私が仲裁に入り公平に判断したのち違反が認められた場合適切に対応するものとする』


『具体的には子爵様に違反のあった場合は契約解除。トリフ側に違反があった場合はマスター権限にて適正に指導を行います』


『以上の事項に同意されるなら指輪をした状態で握手をして『契約』と宣言をして下さい』


『『契約』』


 ふたりが宣言をした瞬間、淡い桜色の光が手を包み白かった指輪の色も桜色に変化した。


「これにて主従契約は完了です。トリフ、子爵様を食事でしっかりと支えていってくれ。子爵様、トリフをよろしくお願いします」


「ありがとう。では依頼は完了と言う事で報酬を受け取ってくれたまえ」


 執事のハイラスが報酬の残額が入った袋を渡してきたのでミルフィに確認を頼み、僕は子爵様の出立の準備を手伝った。


「いいか!鍛練を欠かすんじゃないぞ!鍛練の先に美しさがある事を忘れるな!」


「はい!師匠!」


 僕はミスドがトリフに言った言葉が別の意味に聞こえて苦笑いをしながら見送った。

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