第19話 呪縛

まるで

葬式のような静けさ

いや、葬式の方がまだ明るい


俺とさくらは今

二人並べられて


腕組みをし前に座った李奈に睨まれている


張り詰めた空気


「どういう事?」


李奈が理解できないのは当たり前だ

今までだって

李奈の友達が泊まりにきたりしても

こんな事

無かった

あるわけない


「あの・・・」


俺が言い訳を考えながら

言葉を続けようとすると

李奈は鋭い目でこちらを睨んで


「どっち?

どっちが誘ったの?」


そう言うから

俺は情けない顔で


「ごめん・・・」


「ゴメンって何?」


「俺が悪い」


そう言うと李奈は

さくらを睨む

さくらはそれから目をそらす


「私たちの家で?

私が寝てる間にしようとしたの?」


「ゴメン」


李奈は大きな目をさらに見開いて


「なんで?

最近、満足してなかったの?

週に1回って少なくないよね・・・

やり始めの子供じゃないんだから

そんなもんだよね

なのに

欲求不満だったの?

それとも

ただの不満?」


激しく李奈は俺を責める


「そうじゃない・・・ごめん」


上手い言い訳なんて

この状況で出てくるはずがない


「最低だね

最低

健太郎はそんな事する人じゃないって思ってた

優しくて

私の事を一番に思ってくれる

誠実な人だって思ってた

三年も付き合ってて

知らなかったよ

こんなに女癖が悪いなんて!!」


そう言い残すと

李奈は財布とスマホだけをもって出て行った


”ガチャン”


また家が揺れた


俺はすぐに立ち上がって

玄関まで追いかける


すると

音もなくついてきたさくらが

俺の左腕を掴んだ


俺は彼女を見る


さくらは涙目


「行かないで

追いかけないで」


そう言って

俺の胸に額をつけた


俺は

さくらの肩に手をかけ

突っ張る様に彼女を自分から離した


それに驚いた様子の彼女に言った


「行くよ

こんな夜中に危ないから・・・

大切な人なんだ」


そして

彼女を突き放し

靴を履き

ドアノブに手をかけた


「じゃ、どうして私に触れたの?

私を選んでくれたんじゃないの?」


違う

違う

違う

俺はどうかしていたんだ

さくらと話していると

昔の事が頭に巡って

悔しさや虚しさが

そのトラウマが

さくらへの"拘り"のような

"呪縛"のようなどろどろとしたものになっていて

その瞬間

さくらを奪いたくなっただけなんだ


心の中で

こんな長い言い分を広げながら


「さくらに戻るわけない…

魔が差したんだ…」


すると

さくらは

俺の背中にピタリと体をつけ縋る様に抱き着いた


「そんな酷い言い方しないで

私・・・健太郎の事を愛してるんだよ」


もしかしたら

はじめて言われたのかもしれない

さくらから

さくらの口から

俺の事を

”愛している”

という言葉


あの頃

さくらの事が好きで好きで大好きで

俺は彼女を何度も何度も愛したのに


さくらは触れ合う間でさえ

俺を愛してはいなかった


素直な彼女は

俺に”愛してる”だなんて言ったことは無かった


目が覚めた


彼女へ思いがスッと解かれていくのを感じた


そして

彼女の細い手を

俺から解き

向き合った


彼女の目は今にも涙がこぼれそうでウルウルしている


さくら

泣いてる

好きだったな・・・この顔


弱くて

儚くて

守りたくなる


こちらに求めるような表情で見つめるさくらは

媚びるような顔つきで

俺に近づく

少し背伸びをして

唇が触れようとした

その時


俺は首を横に振って

それをかわした


さくらは

あっけにとられ

今までに見たことがない微妙な顔をする


俺はさくらの肩を乱暴に押して

距離を取り


「ごめん

李奈を愛してる」


そう言うと

さくらは少しムキになって


「じゃ私は?」


俺は微笑み


「何とも思わない」


すると

ムッとしたさくらは顔を真っ赤にした


俺は鼻で笑って


「もう

二度と会わない…さよなら」


そう言って

俺はさくらを置いて

部屋を出た

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