第6話 テレビのボリューム

志望大学に入学した俺は

さくらの家庭教師を受ける必要がなくなり

自然に会うには

不自然に行動しなければ

叶わなくなってしまった


ただ、顔を見るだけならできた

だけど

それでは

兄の恋人としてしか会えないから

話す言葉なんて浮かばない


いつも

ペコリと頭を下げて

自分の部屋にこもった


母のお気に入りのさくらは

リビングで家族と一緒の時間を過ごすが

たまに

兄の部屋で

二人きりで過ごすこともあった


そんな日は

兄の部屋との壁が気になって

背中をつけて座って

情けないことに

二人が今、どうしているのかを探るようなことをしていた


話す声は

だいたい兄

さくらは声が小さいから

返事はしているのだろうけど

微かにしか聴こえてこなかった

毎回

しばらくすると

兄は少し大きめに音を出して

テレビをつける


不自然だろ


会話してて

いつも10分くらいたつとテレビ見るなんて

毎回毎回

同じタイミングで…


何してるんだろう

妄想ばかりが頭を巡る


兄の事は

それなりに尊敬している


年が離れているからか

喧嘩だってしたことがなく

いつも少し上から

偉そぶることなく

助け船を出してくれる

昔から

スポーツができて

頭だっていい

たぶん容姿だっていい方だと思う

優等生で

親や大人達の期待を背負いながら

すべて応えていく

愚痴も文句も言わない


俺とは違う


そんな兄を好きになるのは

仕方がないんだ


それより

どうしてさくらは

俺なんかと

あんなことをしたんだろう


兄のような完璧な男が彼氏なのに

その弟

しかも

ガキで欲張りで

なのに何も持ってないような

俺なんかと触ったりキスしたり

したんだろう


俺には分からなかった


壁から聞こえてくる

テレビの音に混じった

何かが揺れるような音を聞きながら

悔しさや

虚しさや

切なさや

惨めさに

胸を鷲掴みにされながら

でも

聞かずにはいれないでいた



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