第4話 虚しさ

"トントントン"


ノックの音


階段を上がってくる音で

さくらだとは分かっていた


少しだけ抵抗の無視


"トントントン"


「入れば」


そんな言い方しか

そのときの俺にはできなかった


「イライラしてるね

それは、受験生だからかな?」


そう言われ

椅子を回して

さくらの方を見る


「違うか…」


分かっているだろ?

俺が不機嫌になるわけ


さくらはうつむき気味に微笑み


「私がそうさせてるね」


と小さな声でいった


俺は

さくらの方に行くと

腕を引っ張り

ベッドに押した


「…みんな居るんだよ…」


さくらはそう言いながらも

抵抗はしない


「あの日だって

いたろ?」



【夏休み最終日】

明日から9月だというのに

全く涼しくならない

ジリジリと焼き付くような暑い夏

俺とさくらは

キスをした


あの日は

なぜだか地域で半日、停電になり

父は残業でおらず

母と兄は

冷蔵庫のものが溶けてしまわないように

氷を買いに

出掛けていた


あつくて

あつくて

汗が止まらなくて

タオルで拭きながら

俺は上半身を脱いでいて

さくらも髪も毛を束ねて

いつものように勉強していた


汗が

さくらの首筋にこぼれ

いつもより多めに開いた胸元に落ちたのが

スローモーションのように見えた

俺は見とれていたのだと思う

すると

頬を火照らせたさくらは

俺の額の汗を撫でるように拭いて

トロリとした目で俺の唇を見た


緊張していた


俺はしたことがなかったから

この状況を

進めるべきかも判断がつかないでいたけど

次にさくらが

俺の胸に右手で触れて

もう一度

こちらを見たから


行くしかない


と、俺のなかで何かが走り出したんだ


俺たちは

夢中でキスをした


暑すぎたのかもしれない


なんで

そうなったのか?

分からない

只の気まぐれだったのか?

以前から

思っていたのか?

確認したら

この熱が消えてしまいそうで

俺たちは二人とも

何も言葉を持たずに

只、汗にまみれながら

お互いを求めあった


下では

母と兄が帰ったようで

話し声がしていたけど

止まらなかった


あの日から

俺たちは

この二人きりの部屋のなかで

手を握り

体に触れ

キスをしていた


俺の成績が良くなるから

誰もそんなことが行われているなんて

思いもしないのだろう


家庭教師の授業60分

只の一度も

誰かが部屋へくることはなく

リビングからは

家族の団欒の声がいつもしていた


【冬のはじめ】

俺が

彼女の服の中に手を入れようとしたら

彼女は優しく手を握り

それを止めた


「どうして?」


そう言うと

彼女は黙るから

俺はふて腐れた顔で

そっぽを向いた


さくらは、俺の背中にピタリと体をくっつけて


「そこまでは覚悟ができていない」


そう呟いた彼女に苛立った


はじめてみたいな台詞いうなよ?


兄の顔がちらついて

俺は叫び出したかった

拳を握りしめた

それから俺は、ずっと不機嫌なんだ



あの日からずっと

満たされない感情は

兄とさくらの

横並びの笑顔を見るたびに

俺の心を乱す

だからこうして

さくらを乱暴に抱き締めて

何度も何度も

奪うようにキスをする

だけど

さくらが今日、ここにいるのは

兄の恋人だからで

俺は虚しさだけが

胸を占めていた



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