第12話 「友達」


 そうしてコンビニを後にする。


 自動ドアが開かれた瞬間から冷気が一気に肌へ当たっていく。むせ返りそうになる程の冷ややかなそれに、ふと吐息を漏らす。

 後ろから「待ってよー涼太くん!」と玲菜が慌てて追いかけてくる声がする。そうして、彼はようやく切り出す。


「…………なぁ、日向」


「はぁ、はぁ、……んー? なにー?」


 息を軽く荒くしながら、呼吸を調えて反応する彼女を他所に涼太は切り込みを行う。

 

「……日向ってさ」


「めっちゃサラッと俺のこと……名前で呼んでるけど、わざと?」


「え」


 そう。違和感の正体は「名前」。

 先程コンビニに行く以前、しかしもっと言えば二人でベンチに座った際はまだ「水無瀬くん」と苗字で自分の事を呼んでいたことを涼太は思い出す。

 そんな玲菜が、だ。そんな彼女がそのあと、あまりにも自然に自分の事を名前で呼んでいるのだ。気にならない訳が無い。


「え、えーと……」


 すると、玲菜は一瞬大きく目を見開く。「そ、そういえばそだね……ごめん、いやだった?」と目を逸らし、何やら気まずそうに背中へ手を回す。

 嫌というより、理由が純粋に分からない。まだ実際のところ、彼女と涼太が話した回数はそう対して多くない。だからこそ、何か魂胆があるのではないかと思ってしまうというのが彼の本音だった。

 いくらなんでも他人に対して距離を詰めるのが早いようにも思ったりする。


「いや……イヤってわけじゃない、けど、……何でかなぁと」


「………」


 歩みを進めながら、二人はそんな会話を交わす。数秒程の静寂と、硬い革靴の音がアスファルトを鳴らしている。

 所々で、昨日の雪の残滓が見られて、柔らかい感触と軽く浮ついたような雪を踏み締めた音が足裏にも伝わっていく。

 もしかして、嫌がらせか何か、とかなのだろうかと、勘繰りそうになった彼は小さく首を振った。

 玲菜はそんな人間じゃないだろう。一体何を勘違いしているのか、俺は。

 ぼんやりと散り散りになった白いカーペットを踏みしめていく。

 そうして涼太はふと何気なく、後ろを振り返る。そのタイミングで彼らは目が合う。


 お互いに重なる視線を合図に、彼女は一瞬視線を外す。


 どこか困った様な表情を浮かべては、やがてはにかむ。

「……ごめんね。なんか、話してたら、自然と呼んじゃってた」と先程とは一転したような苦笑いを浮かべた。


「……なんだよそれ」


 つられて、涼太も何やら頬が緩む。えへへ、と誤魔化しているのか、お茶を濁しているのか区別ができない苦笑をする玲菜に思わず笑えてきてしまう。


「……じゃあ、それだったらアレだよな」


「え?」


「俺も日向の事、名前で呼ばないと割に合わないよな」


「……え」


「……玲菜って、呼んでもいいか?」


 抵抗は、感じなかった。少年は、自分でも気が付かないほど自然に、そんな事を呟いていた。少女はまたも驚いたように目を見張る。


「……………いいの?」


 いいか悪いかで言われると、どう返せばいいのだろう。ただ、呼びたいだけなのだ。下心とか、そういう事じゃなく、純粋に呼びたい。そんな事を、彼は思う。


「俺が呼びたいんだ」


「ダメか?」


「……………………」


 玲菜はやがて、それを聞いて目を細めた。そして、瞼を静かに閉じる。

「……もちろん、良いよ。呼んで欲しいな、私も」と呟く。


「じゃあこれで、私達は友達、だよね?」


「えっ」


 一瞬どこか切なそうな表情を浮かべたように見えた玲菜は肩を何やら竦めては、涼太に駆け寄ってくる。

 だから距離が近いと言っているのに。思わずまた彼は彼女から後ずさりせずにはいられない。


「と、友達?」


「え? ………………………違うの?」


「い、いや! 何も違わねぇけどさ!」


「……? 何で顔を背けてるの?」


「なんでもないから!! ていうか離れてくれ、近い」


「えー?」


 別に普通なんだけどなぁ、と唇を尖らせながら玲菜は涼太から一足ほどの距離をとる。それでもまだ近い気もするが。これが普通だと。彼女のパーソナルスペースはどうなっているのか。

 友達、と玲菜は言った。つまり、自分と彼女は少なくとも「赤の他人」でも「ただのクラスメイト」でもない。そう認めていいのだろうか。

 冷静になって彼は思考を逡巡しゅんじゅんさせる。すると、その横を玲菜は通り過ぎていく。


「何ぼーっとしてるの涼太くん? さっきのベンチ行こうよ。肉まん冷めちゃうでしょ」


「え、あ……あぁ、わかった」

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