第27話

 第27話


 連休の最終日、僕は家の最寄りの駅で花さんを待っていた。


 何故こんな事になっているのかと言うと、一昨日の夜、僕が花さんとのデートから帰って来ると、姉と妹に取り囲まれてしまいデートの報告などをした後、僕たち姉弟妹きょうだい3人のそれぞれの恋バナに花が咲きそれは深夜まで続いた。姉は終いには酒まで出してきて、


「おいこら太郎、田中花を家に招待しなさい」と酔っ払いの体で言う。何かが乗り移ったかのような姉はそれはそれは恐ろしくて。

「無茶言うなよ」と僕は抵抗したけれど、酔った姉には通用せず結局そのまま押し切られてしまった。姉の酒癖の悪さに僕も朱も面食らった夜だった。


 それで、昨日その旨を花さんにメールした所、では今日お伺いしますとの返事が来て今に至る訳だ。てっきり花さんは断ってくると思っていたので泡を食らった。姉は「一緒に昼食を」との事で、朝から朱となにやら料理の準備を始めている。女の人って何だろうって思った瞬間だった。逆の立場を考えてみる。例えば姉や妹に彼氏が出来たとして、その彼氏に僕は会いたいかと問われると、答えはNOだ。まず何を話せばよいのだろう。相手も気まずいだろうし僕も気まずい。女性はそう言う事は気にしないのであろうか。弟(兄)のガールフレンド(彼女ではない)に会いたいと思うのだろうか。ボッチの僕に初めて出来た友達にただ興味があるだけなのだろうか。


 電車が到着したようで沢山の乗客が改札を抜けてこちらへ出てくる。この電車に乗ってるはずなんだけれど。僕は踵を少し浮かして花さんを探すと改札の向こうに可憐な少女の姿を見つけた。彼女も僕に気付くのだけれど、特に歩みを早めるでもなくいつものペースで淡々と近付いてくる。今日彼女は白いブラウスに紺のアウターを羽織り、カーキのロングスカートを穿いている。先日も思ったけれど、彼女のファッションは落ち着いていてどこか大人っぽい。今日も変装3点セットは装着していない様だ。僕が彼女に手を振ると、一瞬彼女も手を振りかけたけれどすぐに途中で止めた。恥ずかしいのだろうか。まあ確かに僕に手を振る彼女の姿は想像出来ないなあ。


「おはよう、花さん」

「おはようございます」

「急にお呼び立てしてごめんね。姉と妹がお招きしろって煩くて」

「いえいえ、こちらこそお招きに預かり光栄です」

「なんか朝から張り切っちゃってさ、姉妹で料理に励んでいるよ」

「なんか恐縮っす」


 僕たちはマンションまで並んで歩いた。僕のマンションは駅の南西にあり、道は比較的碁盤の目になっていて初めての人も迷う事は無い。地面も平坦だ。国道1号を西南西に歩き細い路地を南に曲がって3分くらい歩いてマンションに到着した。


 姉に部屋の前でインターホンを鳴らせと言いつけられていた為その通りにする。

『はい』と妹の声が聞こえて来た。

「花さん、到着したけれど」

『はいはーい』

 すぐにドアが開き、朱が顔をだした。

「いらっしゃい……って、え!? 花先輩?」

 まあいつもの印象と随分違うから戸惑うのも当然だろう。


「朱さん、おはようございます。本日はお招き頂きありがとうございます」と言ってペコリと頭を下げた。

「花先輩……キレーイ! カワイイ!」と言って玄関から飛び出し花さんの周りをグルグル回る。周り過ぎてバターになっちゃわないか心配だ。

「こら朱、あまり纏わりつくんじゃない」 バターになるぞとは言わずに注意した。

「あ、そうだった。花先輩、どうぞどうぞお上がり下さい」と言って家に招き入れる。

「お邪魔します」


 玄関に入ると既にスリッパが並べられていた。花さんは靴を脱いで玄関に上がるとすぐに僕の靴と自分の靴の向きを変えた。するとキッチンから姉がやってきて、


「いらっしゃい、太郎の姉です」と自己紹介をする。花さんもかしこまり、

「初めまして、田中花です」と言って朱の時とは違い丁寧に頭を下げた。

「あ、あの、これ、母が皆さんで召し上がってくださいって……」と言って菓子折りの袋を姉に差し出す。

「あら、わざわざありがとう。そんなに気を使ってくれなくて良いのに」と来客招き入れのテンプレ挨拶を交わし、

「どうぞ入って」と言ってリビングへ促した。


 時刻はまだ午前10時で昼食にはまだ早すぎると言う事で、とりあえずお茶を飲むことにする。

「花さん、紅茶で良いかしら?」と姉が尋ねると、「はい、ありがとうございます」と答えた。

 朱がソファーの花さんの対面に座り興味深そうに花さんを眺めているので彼女は居心地悪そうに視線を漂わせていた。

「おい、朱、そんなにジロジロ見るんじゃない。花さんが困っているじゃないか」と注意する。

「そうよ朱。こっちきて手伝いなさい」と姉にも注意されてしまい、渋々といった感じでキッチンへ向かった。


「お姉さんも美人すね」と隣の花さんが小声で話しかけて来た。そう言われても身内だと分からないんだよねと伝えると、

「スタイルも良いし、羨ましいっす」

 確かに姉は身長もそれなりにあるし、スタイルは良いのかも知れない。


「花先輩、どうぞ」と言って朱が紅茶のティーカップとお菓子を持ってきてテーブルに並べた。

「ありがとうございます。頂きます」と花さん。姉も僕たちの対面に腰掛ける。


「花さん、いつも太郎と仲良くしてくれてありがとうね」

「いえ、そんな……」といって首を横に振った。

「この子は昔から偏屈で、友達は作らないし他人ひととあまり関わろうとしなかったのよ。だけれど、最近帰りが遅いじゃない、で、朱に偵察に行かせたらあなたと放課後を過ごしている事が判って。本当に驚いたのよ」


 なるほど、朱が教室にやって来たのは告白された返事の報告ではなく、僕の偵察だったのか。朱は気まずそうに僕からの視線を避けている。まあ別に隠していた訳じゃないからいいんだけれど。


「いえ、こちらこそ、仲良くしていただいて恐縮です」と花さんが遠慮がちに言う。


「あなたは太郎から聞いたかどうか分からないけれど、昔、両親を交通事故で無くしてね、それからこの子は殻に閉じこもっちゃって、偏屈になって本当に面倒くさい男なのよ」

 随分な言われ方だけれど、まあその事は以前花さんには伝えてあるので彼女も驚いた素振りは見せなかった。


「姉としても心配していたのだけど、あなたは太郎の心を少し開いてくれたみたいで感謝してるのよ」


「そ、そんな……私なんか……」と花さんは右手をひらひらと振って否定する。


「とにかく今日はお昼を召し上がっていってね。太郎は八宝菜が好きなんだけれど、お客さんに振舞うにはアレだからパスタとグラタンとピザを用意したの。お口に合えばいいのだけれど、ふふ」


「あ、ありがとうございます。大好物です」

「ほら、花先輩も好きだって、やっぱり私のチョイスが良かったんだよね」と朱が鬼の首を取ったかの様に言う。

「お前が食べたいもの選んだだけだろ」と突っ込むと、

「そんなことないもーん」と膨れた。


 ようやく場が笑いに包まれた。

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