第21話

 第21話


「花さんとは中学が同じなのよ」

 花さんの隣に座ったお嬢が花さんの肩に手を乗せて言った。そう言えば花さんの中学がどこだったとか聞いた事ないや。当然お嬢もだけど。

 ただ、同じ中学と言うだけでお嬢に気軽に話し掛けられる人も限られるだろうから、それなにり親交があったのだろうか。


「そうだったんだ」

 こう言う以外に他に適切な返しがあるのなら教えて欲しい。


「あ、あの、麗華さん、彼とはいったい?……」と花さんがお嬢に問いかける。その姿は何か少し焦っている様で、僕がお嬢と面識があると言う事を信じられないといった様子だ。


 お嬢は僕の方を見て、「説明してもいいのかしら?」と言う視線を投げかけてきた。

 僕は黙って頷く。別に隠すようなことでも無いし、黙っている事も嫌だったから。かと言って自分から説明するのも怠いし、お嬢が説明してくれるのなら渡りに船だ。

 お嬢はパンダちゃんを助けた事から、僕の両親の事までを一通り説明した。


「そうだったんすね……で、でも……あの……」

 花さんは一つ間を置いてから、

「れれれ麗華さんが男子とこんな風に話すなんて意外っすねははは」


 花さんの表情はどこか冴えない。冴えないと言うか卑屈な感じ。そんな彼女を見てお嬢は、

「ふふふ、花さん、ひょっとして……」と言ってから彼女の耳元へ顔を近づけ僕に聞こえない声で何やら囁いた。花さんの顔がパンっと赤くなり、

「じょじょじょ冗談じゃねーっす何言ってんすかそんなんじゃねーっす唐変木な事言ってんじゃねーすよ」と狼狽し、

「とととトイレにいってくるっす」と言って火の玉になって一目散に飛んで行った。お嬢はそれを微笑ましく眺めた後、


「あの子ね、中学の時に少し虐められてたのよ……」と言った。いや、随分空気変えたな。微笑ましく言う事実じゃないでしょそれ。僕にとっては衝撃の事実だった。


「え?」

 それは初めて聞いた事実で、お嬢は思い出話の様に語るけれども、僕は喉の奥が締め付けられる様な感じがした。


 お嬢は空を見上げて続ける。

「きっかけは本当によくある少女漫画の様なものよ、ほんっとに下らないものだわ」と一つ区切り、

「今でこそあんな重い髪形してるけれど、中学の頃は前髪も今より短くて軽い感じだったわ。あの子ね、凄く可愛いのよ、あなたは知らないだろうけど」

 実は知っているんだけど言わないでおこう。時間を忘れる程見惚れちゃった位に知ってるけどね。


「そんな子だからね、それなりにモテていたのよ、でも誰一人として彼女のお眼鏡にかなわなかったのか誰とも付き合う事は無かったのだけれど」 

 それを聞いて何故だか少しほっとしている自分が居た。


「きっかけはね、学校でも人気のあったイケメンの告白を断った事。私にはアレのどこが良いのかさっぱり理解出来なかったのだけれど、とにかく人気があったのよ」

 そりゃあなたにとってはそうなんでしょうね! と心の中で毒付く。


「告白を断ってそれで終わる筈だったの。だけれど、彼は諦めなかったのよ。何度も何度も彼女に想いを打ち明けたわ」

 なんとなくその後の展開は予想出来た。結局、嫉みや妬みという感情が彼女に向いたのだろう。その後、お嬢から伝えられる言葉も僕が想像していた通りで僕の表情も曇る。


「その頃から彼女は心を閉ざし、顔も隠し、自分自身で存在を消すかの様になってしまったの」


 以前花さんに聞いたマスクと眼鏡の理由はある意味本当だったんだ。あくまで僕の中の基準だけれど、『ミス旭第一』に僕が投票するならば、今なら間違いなく花さんを選ぶだろう。親しくなったという贔屓目もあるのかも知れない。確かにお嬢やパンダちゃんも美人だ。いや、お嬢にいたっては美人と言う形容詞では足りないくらいに美しいと思える。だけれど、それでも僕は花さんに投票するだろう。


「あの子が誰かに心を開いて仲良くしているなんて驚きだわ……でも……あなたなら納得」と意味深な事を言う。

「どういう意味?」と率直に尋ねる。


「あなたはやっぱり特別なのかしら。そうか……あの子も……――――あなたなのね」と僕の質問には答えず言う。最後の言葉は小さくて聞こえなかったけれど、彼女の表情からは大きな安堵と小さな失意の感情が見えた気がした。


 お嬢は立ち上がると、

「彼女をよろしくね」と、どこか諦めた表情でそう言って踵を返し去って行った。


 僕は花さんの事を勘違いしていたのかも知れない。地味で根暗でコミュ障でボッチになってしまった訳じゃないんだろう。他人と関わる事に落胆、失望し、一人でいる事を選んだんだ。そんな事を考えているとまた胸が苦しくなった。


「あれ? 麗華さんもう行っちゃったすか?」

 花さんがトイレから戻ってきた。

「おかえり、花さん」

 花さんの過去を知ってしまい、僕は次に彼女にかける言葉を見つけられないでいた。

 彼女はいまだにどこか冴えない表情で僕の横に腰掛けた。


「おじょ、九条さんと仲良かったんだね」

「麗華さんとは家が近所で幼少の頃から仲良くしてもらったっすよ。幼馴染ってやつですかね。あちらはどう思っているか知らないすけど」

「そっか」

 花さんはなんとなくモジモジしている。


「あ、あの……」

「ん?」

「わ、私の読んでいる小説だと、絶世の美女のお嬢様が冴えない主人公に惚れるっすよ」

「へえ……」

「……」

「……?」

「……」

「で?」

「あ、あの……その……そう言う事ってあるんでしょうか?」

 何を言っているんだこの子は。


「あのね、花さん。僕は見ての通りお嬢様じゃないよ? そんな事聞かれても分かる訳ないじゃん」

「そそそそうっすけど、あなた冴えないじゃないですか?」

 冴えないのは否定しないけれど、えらくはっきり言ってくれるな。


「花さん、少し落ち着こうよ。僕には君が何を言いたいのか分かんないよ」

「あ……そ、そうっすよね……すみません……」

「変な花さん」

 それより、


「そろそろお昼だね。バスに戻ろう」







 バスに戻ると今日の日直が皆に仕出し弁当を配っていた。僕達は座席に腰掛け弁当の蓋を開ける。普段パンばかり食べている僕には大変有難かった。午前中ガラにもなくはしゃいだせいかいつもよりお腹が減っていて、花さんにご飯を少し分けてもらい美味しくいただいた。

 他のクラスメイト達はお弁当を食べてまたすぐに園に戻って行く様だったけれど、お昼を食べて少し眠くなった僕は、

「1時間だけ寝かせて」と花さんに言い座席を全開に倒して横になる。花さんを見ると本を手に取り園に戻る気配が無さそうだったので、「起こしてね」とだけ一方的に伝えて眠りに落ちた。




 午後からも僕達はテーマパークに戻りアトラクションを楽しんだ。本当に楽しかった。こんなに心から楽しんだのはいつ以来だろう。両親がまだ生きている頃、よく連れてきて貰ったけれど、亡くなってからは一度も来た事が無い。僕はあの日以来取りこぼした物を拾い集めるかの様に今日を楽しんだ。ひょっとしたら彼女も……。


「花さん、やっぱり最後はアレでしょ」と言って観覧車を指差す。

「やっぱアレっすか。ラブコメの小説みたいっすね」

「そうなの?」

「私の読んでる小説も大抵は最後にアレに乗るっす」

「へえ、なんでだろうね?」

「そこで感動の展開があるっすよ」

「はあ……で、どうする?」

「まんざらでもねーっす」




「ひぇーひぇー高い高い! 怖い怖い!」 これは僕の叫び。僕は恐怖で縮み上がり花さんの手を握り締めていた。当然感動の展開などは無く。


「高所恐怖症だったんすね」と呆れた顔で言う花さん。

「ちょちょちょ、揺らさないで!」

「また一つ弱いとこ発見っす」と言って嬉しそうに微笑んだ。

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