第6話

 第6話


 6限目が終わり放課後になると再び僕は憂鬱になる。はぁー帰るのメンドクサイ。例によって頬杖をつき窓の外を眺めると相変わらず暗黒物質が視界に入った。

 さすがに慣れてきたのか花子さんは本に夢中だ。二人の緩やかな時間が流れる……。って恋人同士みたいに語っちゃってるけど全然そんなんじゃないからね。


 僕がこんな風になったのはいつからだろう。思い出そうとはするけれど、はっきりいつからだったのかという記憶は曖昧模糊で、生まれつきこうなのかも知れないし、途中からこうなったのかも知れないけれど忘れてしまった。けど、そんな事はどうでもいいと思う。無理に生き方なんて変えられないし、性格なんて尚更。「はぁー」


 窓の外は晴れては居るけれど黄砂なのか空は霞がかっていて青空というよりは白い空。西の方に見える太陽もどこかぼんやりとしている。「はぁー」


 なんでこんなにも気だるいのであろうか。気力が満ちないしやる気も出ない。好きな事でもあればそれに情熱を注ぐ事も出来るのだろうけど生憎そんな物もない。趣味とも言える物もなく家に帰ればテレビを見るか寝るだけ。休みになれば……ん? 休みは何をしているんだろう、っと思って考えるのをやめた。考える事さえだるい。「はぁ……」

 

「なにゆえにいつもそんなんなんすか気が散って読書どころじゃねーんすけど」


 花子さんにいきなり話しかけられて少々驚く。僕は目だけ動かし彼女を見つめ、


「なんでだろうね」と呟いた。


「ため息の数だけ幸せが逃げると言いますよ」

「そんな物は小学生の時にとっくに逃げたよ」

「え?」


 両親の存在が幸せなのか判んないけれど、生きていれば僕の何かが変わったのかも知れない。


「はあ……」

「なんか悩みとかあるんすか?」

「悩みもなければ希望もない」

「……」


ふと、「花子さんってボッチなんすか?」

 自分の事は棚に上げて聞いてみた。


「なななボボボッチってボッチってそ、そ、そんなこと…………」


 彼女はそっと本を閉じ、


「そっすね……」と呟くと俯いた。その姿がなんだかとても切なくて胸を締め付けられた。だけれどそんな彼女を慰める術も知らなくて、口から出た言葉は、


「ごめんね」


「とりあえず花子じゃねーし謝られたくねーしあなたに言われたくねーしあなただってボッチだし、やーいやーいボッチボッチ」 


 何故だろうか。彼女はいつも僕に辛辣に罵ってくるのに何故不快じゃないのだろう。何故心地いいんだろう。本当はこんな友達が欲しいのだろうか。そう思った所で心のブレーキが作動した。

 

「じゃあ僕帰るから、またね花さん」

「え?……は、はい、さようなら……」


 教室棟の北校舎にはすでに殆どの生徒は残っておらず、化学室や美術室のある南校舎から吹奏楽部の練習の音がオブラートに包んだ様に聞こえてくる。ヨタヨタと階段を下りて昇降口のある渡り廊下までやって来ると中庭のベンチにカップルが座り寄り添い合っている。「はあ……」


 下駄箱で靴に履き替え校門へ向かうとお嬢のリムジンが止まっているのが見えた。僕はノロノロとその横を通り過ぎようとするとリムジンの窓が静かに下がり、

 「待って」とお嬢が声をかけてきた。無視して進むとリムジンは僕の速度に合わせる様について来て、「聞こえてるんでしょ? 待って」と言う。なんだよ? 僕は立ち止まりお嬢を見るとお嬢は相変わらずシートに座ったまま、


「昨日、まだ話の途中だったでしょ? 聞きたいことがあるのだけれど」と言う。


「それが人に物を尋ねる態度?」と僕が言うとお嬢はキッと目を吊り上げた。おお、怖い、クワバラクワバラ。僕はそのまま立ち去りしばらく歩くと、バン! と音がしてお嬢が車から降りてきた。お嬢は自らの足で僕に近づいてくると、


「これでいいかしら?」と言った。風が彼女の髪を揺らし頬に触れる。美しいなって思った。


「……」

「聞かせてくれるかしら?」

「なにを?」

「昨日言ったわよね? 正体がバレる方がデメリットって」

「ああ、そんなこと」


 快適なボッチライフを守りたい。果たしてこんな理由を理解してもらえるのかどうか。


「何故かしら?」

「どうしてそんな事を気にするの?」

「昨日あなたは女性を助けた、なんの見返りもなくね。違うかしら?」

「ああ」

「解らないのよ。人は感謝されたり報酬を貰ったり何かしら自分に得る物が無いと行動しないものでしょ?」


 僕は空を見上げる。ゆっくり流れていく雲を見つめ、ああ、風が気持ちいいって思った。春。始まりの季節。やっと馴染んできた物を無理やりリセットされる季節。環境や交友関係。変化なんか望んでないのに。


 お嬢の言い分も理解出来る。それでも僕は今の環境を変えたくないのだ。これをなんて説明すればいいんだろう。


「説明しても理解できないよ、きっと」と、ようやく僕は答えた。


「昨日助けた子から何も感謝もされず名前も覚えてもらえない。それがあなたにとってどんな利益になるの?」


 利益。メリット。得る物。物としては何も得られないけど、煩わしい人間関係から離れて、誰からも話かけられず、快適なボッチライフを満喫する。これらをあえて要約するならば、


「ボッチの現状維持?」

「……?」


「僕の性格やら生き方やら全てを理解してくれないときっと解んないよ。じゃあもう行くよ」と言って歩き出そうとすると、


「それならあなたの事を理解するわ」

「はあ?」


「なるべくあなたと接してあなたを理解するわ」

「やめてくれよ。ただでさえ目立つアンタといたら好奇や嫉妬の目がヤバイじゃん」

「解ったわ。学校ではなるべく話しかけないようにするわ」


 僕は空を見上げ頭をポリポリ掻きながら、


「はぁー」とため息を吐いた。

「とにかく帰るよ」と言って歩き出す。


「あなたの名前は?」

「また今度ね」と振り向かず片手だけ上げた。



 眠りに落ちていた。心地良い揺れと鼓動に合わせるかの様に鳴る音。


 …………


 ソファに横になり僕は微睡んでいる…………家の電話がけたたましく鳴り現実に引き戻された。


「はい、はい、ええ!?」


 何事だろうか……姉の叫び声……


「はい、はい、わかりました」


 眠い…………


「タロさん起きて!」と僕は肩を突かれた…………


 …………


 不意に肩を突かれ、「駅ですよ」と言われる。ハッと驚き声の主を見ると昨日僕を笑った少女だった。僕は慌てて振り返りホームを見ると確かに僕が下りる駅だ。


「あ、ありがとう」と彼女に頭を下げ慌ててホームに降りる。向き直り彼女を見ると僕に優しく微笑んでいた。同じ学校の制服。僕がどんなに他者を遠ざけても、僕を知っている人はいるんだなあとぼんやりと考えていた。


 家に着くと姉が夕飯の準備をしていた。こんな時間にいるなんて珍しい。


「あら、タロさんおかえり」

「ただいま」と言ってソファに腰を下ろす。


「朱は一緒じゃなかったの?」

「うん。姉ちゃん今日早いね?」

「午後の講義が無かったから」

「ふうん」

「着替えてらっしゃい」


 メンドクサイ……。

 面倒臭い……。

 ダルい……。

 怠い……。


「はあー」とため息を吐いてソファから立ち上がると着替えるために自室へ向かった。

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