第3話

 しゅんと肩を落とす美也孤を見て、さすがにいたたまれなくなった司は頭を掻いた。

 すると、美也狐は何かひらめいたのか「あっ」と声を上げ、にまぁ~と口角を上げた。


「わかりましたわかりました。つまり司さんは照れているんですね!」

「はぁ?」

「知っていますよ。私みたいなケモミミの超絶美少女が目の前にいるのでドキドキしているんだすね! 当然ですね。仕方ないです!」

「え、いやそんなことないが……」

「ウソおっしゃい! 私は司さんの好みを把握しています。本当は私のこと超絶ストライクなんでしょう?」

「な――ッ!? 何を根拠に」

「司さんが中学の頃、ケモミミヒロインが出るライトノベルを好んで読んでいたことは知っていますよ! なかでも、私のように狐っ娘が好きなんでしょう?」

「なんで知っているんだよ!?」


 司は中学時代に通っていた神社でよくライトノベルを読んでいた。内容は様々だったが、美也孤の指摘通りケモミミヒロインが出てくるものも多く読んでいた。少しだけ、ほんの少しだけケモミミモノが多かったかもしれないが。


「私が神社にいた狐だからですよー。これで信じましたね!」

「いや信じるとか信じない以前に、名前や住所どころか性癖まで知られているなんて普通に怖いんだけど……」


 自信満々なドヤ顔をする狐耳美少女にドキドキどころか、警戒の意味で鼓動が早くなる。家族にも友達にもばらしていないのにどこで知ったというのか。

 かといって、本当に狐が人間に化けたと信じるも無理がある。さすがにこの世の常識を逸脱しすぎだと司は思うのだ。

 もう考えることも疲れてきた。この美少女が本物の狐か、宗教勧誘か詐欺師かを考えるよりも、この場から逃げ出したくなってきた。

 すると、司の頭に少し意地悪な質問がよぎった。アイデアとしては無理があるかもしれないが、これを突き通してみようと試みる。


「んー、わかった。じゃあ身分証見せてよ。そしたら宗教勧誘とかじゃないってわかるし、不審者扱いしないからさ」

「え? 身分証」

「うん。学生証かな? 前の学校のでも良いよ。持ってなかったら健康保険証でもいい」

「え、え? えと……」

「顔写真付きが一番いいけど。あ、もしあったら名刺とかのほうがいいかな。学生だから無いとは思うけど」

「あ、あぅ……」


 宗教関係ならばそれに類する資料や名刺を出してくるだろう。それを出してきたのであれば確定だ。さっさとお帰り願えばよい。なんの企みのないただの女の子とわかるのであれば、ゆっくり話を聞けばいい。いや話を聞くのも突拍子もないおとぎ話をされるのも困るが……。

 だが、美也孤は司から目をそらし、口をごにょごにょ動かすだけ。


「えっと、私……」

「もしかして、もってないの?」

「はい、こないだ化成かせいしたばっかりなので、そういった書類は持ってなくて」

「その設定いいから。さすがに学生証は持ち歩いているでしょ?」

「設定じゃないです! ホントに狐だったんです!」

「えぇ……」

「それに、持って来てないじゃなくて、ほんとに持ってないんです……」


 じゃあ本当に狐なのか。彼女の顔はうそをついているように見えない。信じたくないがまさかまさかのことなのだろうか。

 信じられない。かといって、これをそのまま彼女に言ったところで話は先に進まないことは見えている。

 そろそろ本気で暖房の効いた部屋に戻りたいと考えていたら、妙案が浮かんだ。


「うーん、じゃあ本当に狐だったとして」

「はい! 信じてくれましたか!」

「うん、まぁ。本当に狐だとしたら、健康診断の診断書を持ってきてほしい」

「……はい?」


 彼女を本当に狐だと仮定する。すると、浮かび上がるは野生動物が保有する病気や寄生虫の懸念。野生動物であるならば気にするべき問題だ。もっとも、エキノコックスはほとんど緯度の高い北海道か東北で確認される寄生虫で、この周辺地域ではその心配は少ない。

 少しどころかかなり意地悪なツッコミだとは司自身も思っているが、もう疲れた。立ち話にも寒さにも限界が近づいてきた彼は、話を無理にでも切り上げに行く。


「いや、これまで野生で生きてきたわけでしょ? 野生動物っていろんな病気を持っている可能性があるって聞くし、動物を保護したら動物病院に診てもらうことが大事って聞いたことあるし」

「私はもう人間です! 動物病院にはお世話になりません!」

「いやでも狐って」

「この! かわいい! 美少女を見て! 人間じゃないっていうんですか!?」

「狐って」

「”元”狐です! 今はちゃんとした人間です! 狐耳はあるけど!」


 ビシッと指さすはもふもふな狐耳。そこだけ見れば狐だが、彼女の見た目は人間の女の子。では人間なのかと聞かれれば『元狐』という枕詞が付く。


「だとしてもだ。元でも野生動物であるならばこっちもそれなりの対応をしないといけない」

「人に向かって「病気じゃないか?」なんて失礼すぎます!」

「それは君が元狐だって言うからだろう」

「ぐぬぬぬぬ……」


 設定のあらを突かれ、彼女は何も言い課せず歯噛みをするばかり。


「さぁ、話は終わりです。帰って帰って」

「まってまってまって。私、帰る家ないの。突然で申し訳ないけど、泊めてほしいなーなんて……」

「身分不詳なうえに住所不定と来たか」

「ぬぐっ、言葉にトゲがある気がします」

「さすがに住所不定はウソだろ」

「だって“元”狐だし」


 その設定はずっと生かす気なのか。ここまでくるとその根性に感心する。


「だめだ。住所不定ときて、なおさら不審感が増したぞ」

「ホントに泊まるとこなくて困っているんです! こんな寒空の下、か弱い女の子を一人にする気ですか!?」

「他を頼れ」

「人間の知り合いなんて司さんしかいないです!」


 突然のぼっち宣言され、さすがに司も何だか可哀そうに思えてきた。


「そう言われてもダメだ。だいたい、今までどこで寝泊まりしてたんだよ」

「ええっと、件の神社で寝泊まりしてました」

「終電の心配どころか歩いていける距離だな。ちょっと時間はかかるかもしれないが、まだ日は出てるから大丈夫だな」

「うええぇえぇ!?」

「さすがに不審者が過ぎる。次は身分証をもって出直してこい」


 バタンッ。

 返事を待たず、司はドアを閉めた。鍵をかけ、チェーンをかけることも忘れない。そして。家の窓を全て閉め、これにもカギをかける。


『司さーん。お願いですから中に入れてくださーい。寒いのいやぁ』


 ドア越しに叫び声が聞こえるが、司は一切合切の無視を決めた。

 今時、この現代日本で身分証無し、住所不定、知り合いゼロの十六歳の女の子なんているわけがない。いたとしても、司の知り合いにそんな女の子はいない。噂すら聞いたことない。


『入れてくださーい。お願いぃ……お願いします……えぐ……』


 暖房の効いた部屋でほっと一息していると、窓の外で美也孤がべそをかきながら去っていくのが見えた。

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