第23話 手塚修 編集者

 才能と一言で言っても、それは色々なものである。

 天性の最初から花開いている才能もあれば、努力という名の水を注がれて、ようやく花開く才能もある。

 つまり結局才能がなさそうでも、努力してみなければ実際にどうだかは分からないわけで、才能があるかどうかを見極めるために、人は努力をすると言ってもいい。

 そしてその才能の中には、単純な才能よりももっと、重要な才能がある。

 それは、才能を見抜き、才能の開花を導く才能である。


 かつて白富東でキャプテンを務めた手塚修。

 上のキャプテンの北村が公明正大、下のキャプテンのジンが深謀遠慮であったタイプであるのに対し、彼はどういうキャプテンであったか。

 色々と証言はされるが、白い軌跡においてぼやかされているのは、はっきりと書くことは憚られたから。

 エログッズによって男どもの支持を得ていたなど、瑞希に書けようはずもない。

 だがもしも北村や、同学年、年下の部員たちの声を聞くなら、あそこでキャプテンは手塚しかいなかった、と答えるだろう。


 ある意味において、どんな男からも一目置かれる男。

 それはエロに強い男である。

 中学生の頃から爛れてた北村には負けると思う手塚だが、とにかくエロに偏っているところ以外は、バランスが良かったのだ。


 基本的にはジンが色々と改善していた。

 知識や機材を提供するのはセイバーであった。

 そういったことは、新しいことである。

 そこで全く摩擦を生まなかったのは、手塚の人徳だ。


 そして今その手塚は、編集者として、あるいは出版社の人間として、コネと伝手を駆使しまくって、さすがにこれは売れるだろうという作品を担当していた。

 白い奇跡 (原案:白い軌跡)である。


「まあもう映画化もしちゃったし? あとはどれだけ現実と合わせるかの問題なんだよね」

「そうですね」

 喫茶店で打ち合わせをする瑞希の視線は、手塚にとっては痛い。

 問題は一つなのだ。

 原案というか、ほぼ原作である白い軌跡に、重要でありながら登場していない人物がいる。

 著者である瑞希である。

 映画の場合は高校三年間を描いたものであるので、主人公格である直史は、野球に一途な少年として描かれていた。

 だがこの作品が長期連載になった場合、あるいはマンガとして存在する場合、どうしても足りない要素がある。

 ヒロインの存在だ。


 映画版はシーナやセイバーとの間にそれっぽさを匂わせていたが、実際にはもっとドライな関係であった。

 それになんだかなんだ言って恋愛成分は、ジンとシーナで充分であったのだ。

 三部作の二部からはイリヤやツインズも出てきて、特にイリヤは不思議な存在として、直史との関係も描かれる。

 だがもしもこの作品が、長期連載にでもなって、大学時代にまで続くとしたら。

 直史の恋愛面での描写が、あまりにストイックすぎるのだ。


 それに現実を扱っているだけに、変に恋愛関係を匂わせるのもまずい。

 これはフィクションです、が通じなくなってしまうのだ。

 だから本当に、ヒロインである瑞希を出せばいいのであるが、著者が主人公と結ばれるなど、どれだけ願望が丸出しだと言えるのか。

 事実であるのに、とてつもなく嘘くさい。


 スポーツマンガには必ずしも、ヒロインは必要ではない。

 だが人間ドラマとして既に映画がある以上、全く女の影がないのは不自然なのだ。

 実際に瑞希は単なる記録者ではなく、がっつりと登場人物たちと絡んでいる。

 野球をメインにしてはいるが、実際はその周辺の人間模様。

 そのあたりのドラマを記録してあるからこそ、白い軌跡は一級資料として成立しているのだ。


「じゃあこちらの案の、最初から会長のお供として、グラウンドに登場するということで」

「そちらの方がフィクションとしては自然でしょうからね」

「でも本当は初めて会ったのは、参考パーフェクトした日の翌日なんだよね?」

「すると登場があまりにも唐突すぎるでしょう?」

「まあそりゃあそうなんだけど」


 未来を知っていると、色々と伏線を入れなければいけなくなる。

 実際はそんなことはなかったのに、展開が急すぎると読者に思われる。

 いや現実はそんなに劇的なものじゃない、と手塚も分かっているのだが。

 瑞希の存在を抹殺すると、もしこの話が大学時代まで続いた場合、直史が弁護士を目指す意味が分からなくなる。


 またこの作品は白富東の選手と、その一部関係者は実名となっている。

 白富東以外にも、許諾が取れた人物は、ある程度実名になるはずだ。

 もっとも樋口などは許諾が取れても、その大学時代の私生活を、赤裸々に描写することは不可能だが。

 だが重要人物であるセイバーはセイバーで、名前が出てこない予定だ。

 それにジンの父である鉄也も、存在が出てこない。

 なぜなら出すと、プロアマ協定に触れる可能性が高くなるからだ。


 まったく現実の世界では、あわや二試合連続パーフェクトなどということもあったのだから、大学時代の直史の四試合連続パーフェクトなどを、フィクションとしてもやりすぎ、などとは言わないでほしい。

 あれは実際にあったことなのだから。そのあたりもフィクションとノンフィクションの、境界が微妙な理由となっている。

「出来れば二年の夏ぐらいで完結してほしいですね」

「いやいや、やっぱりそこは三年の夏まではやらないと」

「でもそうすると、ワールドカップとか明日美さんとか、肖像権の問題が」

「そうだよなあ」

 手塚としてもため息をつく。


 映画の白い軌跡が三部作となって完結し、大学時代やプロ時代が作られない理由。

 その一つの理由としては、明日美がシーナ役をやったために、明日美役を誰がすればいいのか分からなくなったから、というのがある。

 プロに行った大介の記録はともかく私生活については、瑞希はそれほど詳細には取っていない。

 今では義理の親戚なので、全く知らないわけではもちろんないのだが。

 あと大学野球での直史は、とにかく相手を延々と封じるだけで、実のところ物語としての山があまりないのだ。

 強いて言えば二年の春、東大の躍進があった時であるが、明日美が自分役で出るにも、高校時代の三部作では三年目に明日美と関連した部分を、大幅にカットしているので唐突感が大きい。

 やはり最初から、大河ドラマでも撮るぐらいの気迫でやらなければいけなかったのだ。

 おそらく50年後ぐらいであれば、高校一年生からプロ引退ぐらいまでを、一年間かけて放送できるだろう。

 MHKにはぜひ頑張ってもらいたい。もっともMLBから許可をもらうのが、とてつもなく大変だろうが。


 ともあれ、賽は投げられた。

 実写と違って演者の年齢での変化は、考えなくていい。

 おそらく編集と営業当たりが、死ぬほど大変になるのであろうが。

(まあこういう話がそんなに人気になるとも思えないし)

 瑞希はそんなことを考えていた。一年夏の大会か、長くても高校時代を消化すれば、充分に長くなるだろうと。

 だがその予想は裏切られ、本職の方が疎かになってしまうのは、まだ遠い先のことである。

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