第15話 かどわかし(1)迷子

「平太ーっ!平太ーっ!」

 悲痛にも聞こえる声が、響き渡る。

「どうしよう、平太が!」

 若い女が顔を歪めると、若い男が彼女を励ます。

「大丈夫だ、おサヨ。なあに、平太もちょっと迷子になっちまってるだけさ。すぐに見つかるって。心配するな」

 そう言うが、顔は青ざめ、強張っていた。

 若い夫婦は小さい我が子を連れてお参りに出たのだが、あまりの人混みと、子供の好奇心が旺盛になりだしてうずうずしているせいで、はぐれてしまったのだ。

 若夫婦は声をからして探し回ったが、見付からない。

 それで、とぼとぼと肩を落として歩いていた。

 ちょうどねこまんまのそばまで来た時、店先の軒飾りに活けられた朝顔が目に入り、サヨはわっと泣き出した。

「平太、朝顔を見て、喜んで走り出して。なんで手を離してしまったんだろう。もし平太が見付からなかったらあたしのせいだ」

「おサヨは悪くねえよ」

「子供のかどわかしが流行ってるって。もしかしたら、平太も」

 そう泣くサヨと夫の平助は、やがて立ち上がって歩き出しかけ、そこでふらりとよろめいた。

 店の中からそれを見てしまった八雲は、表に飛び出して2人のそばに行った。

「大丈夫ですか。だいぶ疲れているようだし、ちょっと休んで行ったら?」

 その言葉に、2人は店に中へ入って来た。

 店は夕方の混み合う前の時間帯で、幸い客は、一杯やりながら本を読んでいた織本くらいしかいない。八雲は小上がりに2人を上がらせた。

 サヨの顔色を見て、狭霧が飲み物を持って行く。

「暑さにやられたんだと思う。水、飲んでないでしょう?これを。砂糖と塩が入っていますから、ゆっくりと飲んでください」

 そう言って、湯飲みを平助とサヨに渡す。

「本当は帯を緩めて少し体温を下げた方がいいんだけど」

「いや、ありがとう」

 言いながら、平助とサヨは笑った。

「手拭い持って来たぞ」

 疾風が冷たい手拭いを持ってきて、それで首を冷やさせる。

「ちょっと聞こえたんだけど、子供さんが迷子になったの?」

 八雲が訊くと、やっと少し落ち着いた2人は、こっくりと頷いた。

「はい。人込みではぐれちまって。

 辺りを探してみたり、番屋にも行ってみたけど、いなかった。明日は迷子石に、名前を貼り付けて来ようかと」

 サヨは顔を歪め、しゃくりあげた。

「最近、かどわかしが多いでしょう?もし、迷子じゃなく、かどわかしだったらと」

 疾風、八雲、狭霧は顔を見合わせた。

 里では、忍び同士で子供を増やす事もしていたが、どこからか子供をさらって来て、忍びの訓練をさせる事もしていた。

 そういう子は、最初は家に帰りたいと言って泣く。しかし、泣けば殴られるし、どうしても逃げ出せないとわかると、訓練を受け入れ、名前も忘れ、忍びへとなって行くのだ。

(かどわかしは、許してはいけない)

 狭霧達は各々、そう強く思った。

「子供は、迷子になって、驚く程遠くへ行く事もあるし。だから、何日かした頃に帰って来る事もありますよ。そう悲観せずに、待ってみてはどうです?」

 疾風は柔らかくそう言って、若夫婦は体調が戻ると、肩を落としながら帰って行った。

 織本は黙って本を読んでいたが、本を閉じると、静かに溜め息をついた。

「子供を狙ったかどわかしは、以前なら身代金目的のものが多かったが、最近ちょくちょく、理由なく消えてしまう事があるらしい。ある程度の年の子なら、岡場所に売るとか、離れた宿場町で飯盛り女として売るとかわかるがなあ。何の目的やら」

「全く手掛かりはつかめていないんですか」

 疾風が訊くのに、頷く。

「隠密廻りも動き回っているはずなんだがな。まあ、俺は内勤だし、詳しい事は、な」

 そう言って、勘定を置いて、店を出て行った。

 それを流しに運び、そっと言葉をかわす。

「兄ちゃん、姉ちゃん。探してみようか」

「許せないよね」

「やるか」

 泣く子供の幻聴が聞こえる気がした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る