第11話 長屋の医者(2)包み紙

 狭霧はお使いに出ていた。夜の営業に出す肴だが、思いのほか暑いので、もう1品冷や汁を増やす事にしたのだ。その為に、馴染みの豆腐屋へ豆腐を買いに出かけていた。

 豆腐屋近くまで来ると、近所の家から、

「わああ!」

という声がして、豆腐屋の女将が転がり出て来た。

「死んでる!死んでるよう!

 ああ、左之助ぇ」

「おばさん、こんにちは。死んでるって」

「そ、そうなんだよ。見舞いがてら豆腐を持って行ってやったら、咳込んでね。薬を飲んだんだけど、そのまま急に死んじまったんだよぉ」

「じゃあ、番屋へ行って誰か呼んで来るから、おばさんはここで」

「いやだよう!あたしが番屋へ行って来るから、左之助がここにいてくれないかねえ」

「ぼくが?」

「頼んだよ!」

 そう言って、女将はばたばたと走り出して番屋へ向かって行った。

 狭霧はどうしようかと思ったが、念の為に生死を確認しておこうかと中へ入った。

 狭い家に1人で住んでいたらしい。住人は布団の上にうつぶせに倒れ、そばには水の入っていた湯飲みが転がっていた。それと、薬の包み紙が放り出されていた。

 近寄って脈を確かめるが、触れない。白目をむき、間違いなく絶命していた。

(あれ?この人、昨日源斎先生のところに来てた人だ)

 顔を見て、そう気付いた。

 薬の包み紙に目を近付けてよく見、匂いをかぐ。

(これ、何だろう。何を使ってるんだろう。どこかで……)

 新品の包みがもう2つあったので、その1つを手に取ってみた。

「おう、左之助」

 文太が到着して、入り口から入って来る。

「あ、文太親分」

「あのばばあ、子供に死体の番なんてさせやがって。鬼でも幽霊でもあのばばあの顔見て逃げていくってんだ」

 文太は、狭霧の心配をしたらしかった。

 見かけは小柄でやせ型の狭霧は、もっと小さい子に見えるのだ。しかも、大人しくて、走り回ったり大声を出したりしないし、覇気もないように見えるので、弱く見えるらしい。

「ありがとうよ。もう大丈夫だぜ」

 文太は狭霧にそう言って検分を始め、狭霧は下がって見ていた。

「最近カゼで寝込んでたんだよ。昨日はお医者様にかかったらしいんだけどね。

 で、見舞いがてら来たら、こうだよ」

 女将は手を合わせた。

「ま、病死だろうな」

 文太はそう言った時、垣ノ上と呼ばれた医者が到着し、狭霧と女将は外に出た。


 きゅうりを薄く切って塩でもみ、千切りの青じそ、みょうがとよく混ぜ、冷やしておいただし汁とみそ、練ったゴマを入れてあえる。暑いご飯の上に、水切りしておいた豆腐のちぎったものをのせ、このあえたものをかけ、ゴマをふれば冷や汁の完成だ。

 賄いでそれを先に3人で食べながら、狭霧はその事を話した。

「ふうん。昨日のねえ。命なんてわからないものね」

 八雲は言ったが、疾風は狭霧の顔を見て、

「気になる事でもあるのか」

と訊く。

「うん。薬がね、何かなあって」

 懐から、持って来た薬の包みを出す。

「飲んだ後の包み紙に残ってた匂いがね。何か、ちょっと」

 言いながら包みを開き、3人で慎重にかいでみる。

「舐めてみようか」

「危ないわよ、狭霧」

「ちょっとだよ」

 指先に少しだけ付けて、舌に乗せる。

 そして、すぐに流しに吐いてうがいをした。

「何?何だったんだ?大丈夫か?」

 狭霧は、口元を拭って言った。

「砂糖と、たぶんはったい粉。それと、よもぎに、木の皮だね。何かな。麻痺する感じだし、夾竹桃とかかも」

 夾竹桃は、毒がある。

 サッと、疾風と八雲の表情が引き締まる。

「それ」

 狭霧は頷いた。

「毒だよ。わざとなのか間違えたのかわからないけど、困ったね」

「化け猫長屋から殺人者を出すわけにはいかないな」

 背中を汗が伝い落ちた。


 




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