第45話
44話はR18の為ムーンライトノベルズの方に掲載させて頂いております。
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全ての記憶を失ってしまいたい。
目が覚めた瞬間に思ったことだ。
「死にたい…」
寝起き一番に呟いたのは不穏な言葉だった。
身体中のあちこちが痛いし、声も枯れて普段よりも低いものになっている。動ける気がしない理由はよく分かっているつもりだ。
「君に死なれたら私が困るのだが」
隣から聞こえた声にびくっと身体が震える。
身体が動かないので顔だけそちらに向けるとじっとこちらを見つめる青と目が合った。
死にたい。
痛みに耐えながら布団を引っ張り上げて中に隠れると昨夜の残り香が鼻を突いた。シーツに手をつくと所々が湿っており、泣き叫びたくなる。
「ヴィオ?大丈夫か?」
私を心配して声をかけてくれた彼の身体がぴたりと自分に触れた瞬間、声にならない悲鳴を上げた。
「すまない。昨晩は無理をさせた」
「い、いえ…」
後ろから抱き締められて労るように頭を撫でられる。
もういっそのこと殺して…。
顔を覆い隠し、思い出すのは昨晩のこと。
元親友テレーズに媚薬を飲まされた私は乱れに乱れて、想い人であるレアンドルに何度も抱かれたのだ。
溜まった熱を発散させるにはそういう行為しか方法がないことは分かっている。既に処女ではなかったし、責任を取ってほしいと言うつもりもない。むしろ助けてくれたことに感謝し、迷惑かけたことを謝罪するべきなのだろう。
ただ今は彼の顔を見ることが出来ない。
昨晩の自分の発言のせいだ。
犯してとか、ぐちゃぐちゃにしてとか挿入を強請る言葉も酷かったがそれ以上に。
す、好きとか、愛してるって言っちゃったのよね…。
いくら媚薬に犯されていたといっても言って良い言葉じゃなかった。思い出すだけで死にたくなる。
「ヴィオ、どうした?まだ辛いか?」
「大丈夫…。大丈夫じゃないけど…」
「大丈夫じゃないって…。まさか媚薬が抜け切っていないのか?」
「そ、それは平気。問題ないわ」
媚薬のせいでやらかしてしまったあれこれが胸に突き刺さり、傷口をぐりぐりと痛めつけているが彼に心配してもらうようなことではない。
「そうか」
レアンドルは安心したように息を吐き、また私の頭を撫でてくれる。
なんか雰囲気がいつもと違うような…。
彼がいつも以上に甘ったるい空気を纏っているのは昨晩の行為のせいだろうか?しかし好きでもない女を無理やり抱くことになったのだ。怒りに身を焦がしても良いと思うのだけど。
「媚薬の件は許せないが君の気持ちを聞くことが出来たのは良かったよ」
「へっ?」
「私を好きなのだろう?愛してると何度も言ってくれたじゃないか」
鋭く尖った杭を打ちつけられた気分になった。
なかったことにしてもらえなかったことへの恥ずかしさで悶える私の前髪を掻き分け、額にキスを落としてくるレアンドル。見上げると蕩ける笑みを見せてきた。
「私もヴィオが好きだ、愛している」
なに言ってるの?
ぴたりと固まる私にキスをしてこようとするレアンドルの口を塞いだ。
「何故、止める」
彼の唇に押し付けた手のひらを不服そうに退けられてしまう。
いや、だって、なんでキスしようとしてくるの?
媚薬のせいで話をすることが出来なかったが私は昨日の夜にフラれる予定だったはず。
愛を告げられる理由も、キスをされる理由も見当たらない。
演技を続けてもらう必要はないのだ。
「あ、あの、もう演技しなくても良いですから」
「何の話だ?」
不機嫌な声で首を傾げるレアンドルに苦笑いで答える。
「私を好きだと演技しなくて良いですから」
「は?」
「分かっています。エーグル公爵が恋人ふりをするのが嫌になったってことはちゃんと分かってますから」
無理しないでください。
笑いかけた瞬間、ベッドに身体が沈み込んだ。
衝撃で全身に痛みが走り掠れた呻き声が漏れ出る。見上げると無表情のレアンドルがのしかかっていた。
なんで押し倒されてるの?
甘ったるい空気はどこへ行ったのか怒ったような雰囲気を纏うレアンドルに戸惑う。
「あ、あの…」
「君は何を言ってるんだ?私が君を好きでいるのが演技?恋人のふりをするのが嫌になった?ふざけた事を言うな」
ふ、ふざけたつもりはないのに。
何故叱られているのだと頭の中が混乱する。
どうにかレアンドルの下から抜けようともがいてみるが逆に押さえつけてくる力が強められてしまった。
「だ、だって、私のこと好きじゃないですよね?無理に恋人のふりをしてくれて……んんっ!」
唐突なキスに言葉を奪われてしまう。
まるで「何も言うな」と言われてる気分になる。呼吸が上手く出来ず全身の力が抜けた頃ようやく解放してもらうことが出来た。
「何を勘違いしているのか知らないが私はヴィオが好きだ。それと恋人のふりを嫌がった事はない。ふりではなく本当の恋人になりたいと思っていたのは事実だけどな」
私を好き?本当の恋人になりたい?
もう嘘をつかなくて良いと言ったのに演技を続けなくても…。
「う、嘘ですよね?だって、エーグル公爵は他に好きな人がいて私とは別れる…」
「誰がそんな嘘をついたんだ」
「それは…」
誰にも言われていない。むしろ周りからは私の勘違いだとレアンドルと話し合うように言われていた。
まさか、みんな彼の気持ちに気がついていたの…?
そういえばソレーヌからは「エーグル公爵はヴィオを好いている」と言われたことがあった。
あの時は全否定したけど…。
「あの、本当に私のことを…」
「好きだ」
「で、でも、エーグル公爵は女性が苦手ですよね?」
レアンドルの気持ちを疑いたくない。しかし彼が女嫌いだという懸念はある。
尋ねるとレアンドルは気不味そうに目を逸らした。
胸の奥がちくりと痛む。
彼に好きな人が出来たというのは私の勘違いだったのだろう。しかし私を好きだと言うのはやっぱり演技…。
そう考えたところでレアンドルは深く息を吐いた。
「昨日も約束したからな。私が女嫌いと呼ばれるようになったきっかけを話そう」
決意を固めた表情だった。
すぐに柔らかな笑みを作り、詰め寄ってくるレアンドルに軽いキスを贈られて目を大きくさせる。
「それから私がヴィオをどれだけ好きなのか話させてもらおう。もう気持ちを疑われたくないからな」
気迫に押されて小さく頷くことしか出来なかった。
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