第14話
「ヴィオ、祭りは初めてか?」
「初めてじゃないけどあまり来たことがないわ」
五歳の頃、家族でお祭りに来たことがある。その際に誘拐されかかった為、幼い間は嫌厭していたのだ。といっても年々その意識も薄れてきているので今では誘われると普通に訪れたりする。
「レアはよく来るの?」
「俺が来るような人間に見えるか?」
「人は見た目で判断できない部分がありますから」
人を見た目だけで判断しない。
それは王子妃教育を受けている際に厳しく教えられたことだ。
現にレアンドルは厳しそうな見た目にそぐわない観劇が好きという趣味を持っている。意外とお祭り好きかもしれないと思って返すと頭を撫でられた。
「人を見た目で判断しないのは良い事だ」
「ありがとう?」
「で、私は祭り好きだと思うか?」
茶目っ気があるのか問題形式で聞いてくるレアンドルに「好きだと思うわ」と返す。
「正解だ。実を言うと夜会に参加するより祭りに来た方が楽しいと思っている」
耳打ちで教えてもらう。
確かに外で開催しているお祭りだったら肉食獣の瞳を持つ貴族のご令嬢達に囲まれる心配はないものね。
舞踏会やお茶会で見かけるレアンドルは公爵という立場と見た目の良さから常に女性に囲まれている。
女嫌いで有名なのに自分は大丈夫だろうと勘違いする女性がそれなりにいるのだ。
「貴族らしくないと思うか?」
「そうね。確かに貴族らしくはないわ」
社交の場でお祭りの方が好きですと言った日には大批判されるだろう。
レアンドルは「やはりそうか」と弱々しい声を出す。肩を落とす彼に「でも」と続ける。
「貴族だからって必ず夜会を好きにならないといけない決まりはないわ」
「そうか?」
「ええ。ここには夜会を苦手にしている貴族が二人いるもの」
面食らったレアンドルにくすりと笑ってみせた。
私も夜会やお茶会は好きになれない。
ただ公爵令嬢という立場上、招かれた場所に行かない選択肢を取ると主催した家は公爵家を敵に回したと噂されてしまう。家同士の関係を悪化させない為にも顔を見せて挨拶だけでもしなくてはいけないのだ。
高位貴族という立場も楽ではない。
「私達は似ている部分があるな」
「そうね。観劇が好きだったり、貴族らしくない部分があったり」
関わりが深まったきっかけは褒められたものじゃないけどレアンドルと仲良くなれそうなのは良いことだと思う。
「さて、そろそろ回り始めるか。ヴィオはどこから見たい?」
「魔法道具を扱ってる露店が見たいわ」
一番初めに行きたいと思うところが魔法道具を扱ってる店って淑女としてどうなのよ。
言ってから気がついた。
レアンドルを見ると「ふっ…」と鼻で笑われてしまう。
ああ、やっぱり淑女らしくないと思われたわ。
「魔法道具店か。歩きながら探してみよう」
一人で落胆していると手を引かれる。
ちょっとだけ前を歩くレアンドルの横顔を覗き見ると口角が微妙に上がっていた。馬鹿にされているのだろうか。
失敗したと思いながら彼について行く。
「ヴィオ、あの店はどうだ?」
急に立ち止まるレアンドルが指を差したのは胡散臭い雰囲気を漂わせる露店だった。
近くで見てみようと誘われるがまま店に近づくと余計に胡散臭さが増す。
レアンドルが手に取ったのは小粒のムーンストーンが幾つか嵌められたブレスレット。微かに魔力を感じるのでムーンストーンには魔法付与がされているのだろう。彼はブレスレットを一頻り眺めると頰を緩めた。
「店主、これは貴方が作った物か?」
「え?は、はい、そうでございます…」
声をかけられた店主は継ぎ接ぎだらけの服を着ており、疲れで老けて見えるがおそらく二十代くらいの男性。
いきなり声をかけられた彼は少しだけ戸惑った表情を見せながらも大きく頷いた。
一体どうしたのだろうとエーグル公爵を見ると「凄いな」と言い出す。
私も店主も驚いた表情になる。
「君は魔法付与の才能があるようだ」
「え?」
才能がある?
私はレアンドルの持っていたブレスレットを見せてもらうことにした。
一見すると怪しげに感じられるそれはよく見ると精巧に作られている。チェーンの組み方もよく出来ているがそれ以上に驚くのはムーンストーンに施されている魔法付与だ。
防御系統の魔法が組み込まれているそれは小貴族の屋敷が一軒建てられるほどの価値を持っている。おそらく他の商品も高値をつけられるだろう。
「凄いだろ」
「ええ。驚きました」
魔法付与というのは魔力を持っていれば誰でも出来ることではある。しかし技術力は人それぞれだ。
独学で学んできたのだろう。荒削りの部分もあるが素晴らしい物を作り上げている。つまり店主の男性は訓練すればもっと価値のある物を作れるようになるということ。
なるほど。良い人材を見つけたからレアンドルは頰を緩めているのね。
魔法省に勤めることが出来るのは高い魔力を持った者に限定される。ただ魔法省の下に位置する魔法研究所と呼ばれる場所は才能があれば魔力の高低関係なしに勤めることが出来るのだ。身分も関係ない場所なので平民も多く所属していると聞く。
おそらくレアンドルは店主の男性をそこに誘いたいのだろう。
「君、名前は?」
「ヒューゴですけど…」
「私はレアンドルだ。魔法省に勤めている」
魔法省という名前を聞いたヒューゴは吃驚する。
平民でも知っている有名な機関の名前を出されたのだから当たり前だろう。
固まっている彼を他所にレアンドルは話を続けた。
「ヒューゴ、君は素晴らしい魔法付与師になれるだろう。よければ魔法研究所に来て貰えないか?」
「あの、私が、ですか?」
雲の上の存在である魔法省よりも魔法研究所の方が魔力を持つ平民に近しい場所だ。高給である為一度は目指す平民が多いと言われている。
そんな凄い場所に誘われたヒューゴは信じられないといった表情を作った。
「荒削りではあるが既に良い物を作れている君なら勉強すればもっと素晴らしい物を作れるようになるだろう。どうだろうか?」
「ぜ、是非!」
「ありがとう。今回の件は追って連絡させてもらおう」
嬉しそうにするヒューゴを見ているとこちらまで嬉しくなってしまう。
それと同時に胡散臭そうな店だと思ってしまったことに罪悪感が芽生えた。
もっと見る目を養わなければ。そう思っていると持っていたブレスレットを取り上げられる。
「ヒューゴ、これの取り置きを頼む」
「い、いえ、そんな…!差し上げますよ!」
「駄目だ。今は持ち合わせがないから一部しか支払えないが後日正当な金額を支払わせて貰おう」
「正当な金額ってこれだけでも十分ですよ」
渡されたお金に驚愕するヒューゴは首を横に大きく振ったがそれを許すレアンドルではなかった。
「ちゃんと支払う」
ええ…と戸惑った声を漏らすヒューゴにレアンドルは有無を言わせない表情を見せる。
「レア、残りは私が支払うから…」
「それも駄目だ。私が支払う」
ヒューゴ同様に私も「ええ…」と声を漏らす。
意思を曲げる気がなさそうなレアンドルに二人揃って「分かりました」と返答する他なかった。
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