第10話

昼食が終わり、屋敷に帰ると言うレアンドルの見送りをすることに。

それ自体は普通のことだけど気を遣った侍女達によって二人きりにさせられた。

普通は二人にしないでしょ。


「ヴィオ、次はいつ会えそうだ?」

「レアに合わせますよ」


王子妃教育が無くなったので今はかなり暇を持て余しているのだ。

忙しいレアンドルに合わせた方が良いと思ったのだけど。どういうわけか怪訝そうな顔を向けられた。


「ずっと気になっていたが敬語になっているぞ」

「えっ…」


そういえば馬車の中で敬語を外すように言われていましたね。

正直慣れないのでなかったことにしてくれないだろうかと思ってしまう。それを許してくれないのが無駄に真面目なレアンドルだ。


「やり直しだ。次はいつ会える?」

「れ、レアに合わせるわ…」

「よし。それで良い」


これやり直す必要はあったのかしら。

そう思っていると頭を撫でられる。女嫌いのはずなのに意外とスキンシップが多い気がするのは恋人のふりをしているからだろうか。


「では、次の休みに……どうかしたのか?」

「なんでもないわ」

「そうか?」

「ええ」


スキンシップ多くないですか?

聞いて意識してるとか思われても嫌なので笑顔で誤魔化した。


「それで次のお休みがどうかしたの?」

「ああ、来週末が空いているから城下町の方に行こう」


てっきり屋敷でお茶会をするだけかと思っていたらまさかのお出かけのお誘いで驚く。

別に断る理由もないで「喜んで」と答えるとまた頭を撫でられた。

もしかして頭を撫でるのが癖なのかしら。

職場で後輩を褒める時にやっているとかだったら納得出来てしまう。


「詳しい事は手紙を出す」

「分かったわ」

「では、また来週に」

「ええ」


手を振ろうと上げた瞬間、その手を引っ張られて向かったのはレアンドルの胸元だった。

ぎゅっと抱き締められて吃驚していると耳元に低めの声が聞こえてくる。


「二階から公爵が見ている。仲良しだと言う事を見せておいた方が良いだろう」


なるほどね…。

レアンドルの腕の中から二階の方を見ると確かに父が執務室の窓からこちらを見ていた。目が悪いのでよく見えないが怒った顔に見えるのは気のせいじゃない気がする。


「ヴィオも背中に手を回せ」

「でも…」

「一瞬だけで良い」

「…分かりました」


レアンドルの背中に腕を回した瞬間、昨晩のことがまた脳裏に過った。

鍛え上げられた大きな背中に腕を回して、何度も何度もその背に爪を立てながら嬌声を上げたのだ。情事を思い出した途端に心臓の動きが早まった。


「ヴィオ?」

「な、なんでもないわ。もう良いでしょ」

「そうだな。これ以上は公爵に殴られる」


あっさりと体を離される。

昨日のことを思い出してしまったせいでレアンドルの顔を見られない。

幸いにもそれについては触れられることはなかった。レアンドルは乗ってきた馬車に乗り込んで「また今度」と帰って行った。



自室に戻りベッドに寝転ぶ。

いつも通りの匂いが香るそこはとても落ち着いた。


「どうしてこんなことになっちゃったかしら」


全ての始まりは馬鹿な元婚約者と元友人のせいだ。

いくらイライラしたからってやけ酒して父親の部下と一夜を共にするってどうなのよ。

昨晩の記憶は所々しか覚えていない。全てを思い出したところで恥ずかしくて死にたくなるだろうからこのままでも良い気がする。


「ふぁ…」


一人になって気が緩んだからか疲れが押し寄せてくる。そのせいで眠くなってきた。

眠ってしまう前に着替えようとベッドから降りる。手伝ってもらう為、侍女を呼ぼうとしたが呼び出しベルを持ち上げたところで鳴らすのをやめた。

ばさりと着ていたワンピースを脱ぐと大きな姿見には下着姿の自分が映った。

胸元に視線をやるとそこにあったのは数え切れないほどの鬱血痕。所謂キスマークというものだ。

肌が白いせいで残された赤がよく映えてしまう。


「噛まれているわ…」


鎖骨あたりに残されていた歯形に苦笑いが出る。生々しい痕を侍女達に見られるわけにはいかない。

しばらくの間は一人で着替えや湯浴みをした方が良さそうだと溜め息を吐いた。


「ヴィオ、ちょっと良い?」


尋ねるのと同時に入ってきたのは母だった。

不味い、見られたわ。

私に付けられた痕をじっと見つめてきた母は「あらあら」と頬を緩めた。


「着替え、手伝う?」

「……お願いします」


完全に見られてしまった手前、断れなかった。

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