第2話

「誰か来てください!」


私の大声を聞きつけた王城の警備隊が走ってやってくる。


「ヴィオレット様、どうかされましたか!」


十年間も王城通いをしている為ここに勤めている人間の多くは私の顔を覚えてくれている。

裏切り者達を嘲笑いたい気持ちを堪えながら「こっちです」と警備隊を部屋に呼び寄せた。彼らは部屋の中にいるイヴァン殿下とテレーズの醜態を見た瞬間、驚いた顔になる。


「こ、これは……一体…」

「イヴァン殿下、何をされてるのですか…」


警備隊の人達は信じられないような表情で座り込んでいる二人を見つめた。見られている裏切り者達はどうすれば良いのか分からず狼狽える。

とりあえず服を着たらどうなのでしょうか。


「すみません。私の父を呼んで貰えませんか?」

「なっ、ま、待ってくれ!」

「なにを待てと言うのですか?」


声を荒げたイヴァン殿下を他所に警備隊の人に「お願い出来ますか?」と尋ねたら大きく頷いて走って行った。

顔を真っ青にさせるイヴァン殿下。落ちていた服を彼の顔に向かって投げつける。


「父が来る前に服を着た方が良いですよ。その情けない格好で会いたいと言うなら構いませんけど」


服を着てもらう為にイヴァン殿下にかけていた拘束魔法を解除する。


「ヴィオ…」

「愛称で呼ぶのやめてもらえませんか。不愉快なので」


冷たく突き放す私にイヴァン殿下は泣きそうな顔をする。

裏切った相手に泣いて縋ろうとするとは王子としての素質を疑いますよ。でも、婚約者を裏切るような人間ですからね。

元々王子の素質がなかったのでしょう。


「テレーズ、貴女も早く服を着なさい。お父様に変なものを見せたくないの」

「ヴィオ、もう許して…」

「許すつもりはないから。それと敬語を使いなさいと言ったでしょう」


絶対に許すつもりはない。

二人には相応の罰は受けて貰うつもりだ。

残っていた警備隊の人達はどうしたら良いのか分からない表情で私達を交互に見ていた。


「皆様、変なものを見せてしまって申し訳ありません」


振り返って警備隊に向かって頭を下げると慌てられる。


「ヴィオレット様は悪くありません!」

「そうですよ、謝っていただく必要はありません!」

「皆様、お気遣いありがとうございます」


しおらしくお礼を言うと彼らは頰を赤らめた。母譲りの整った顔立ちはこういう時に役立つ。


「ヴィオ」


目の前に父が現れた。おそらく警備隊の報告を受けて転移魔法を使ったのだろう。

執務中に迷惑をかけてしまって申し訳ないです。


「それで馬鹿二人組はどこに居るのかな?」


笑顔なのに目元が笑っていない父からは怒りのあまり魔力が漏れ出てしまっている。


「そこに転がっていますよ」


怯えた様子を見せる二人に指を差す。

父はゆっくりした動きで身体を二人に向けた。その瞬間、部屋の温度がぐっと下がる。父から放った冷気のせいだ。


「いつまで汚い物を娘に見せているつもりだ。さっさと服を着ろ」


命令するように言われたイヴァン殿下達は慌てた様子で着替えを済ませする。

おそらく命の危機を感じたのだろう。

若干乱れているが二人は服を身につけ終わる。思わずと正座をする二人を父は依然として冷たく見下ろした。


「イヴァン殿下、よくも娘を裏切ってくれたな」

「それは…」

「ミラン伯爵令嬢、お前も同じだ」

「……あの、父に報告しますか…?」

「当然の事を聞くな、愚か者」


テレーズのくだらない質問に父は低い声で答える。

今回の件を知ったらミラン伯爵は卒倒するだろう。彼にはよくしてもらった記憶しかないので罪悪感を覚えるが悪いのは裏切ったテレーズだ。


「いつからだ」

「え?」

「いつから娘を裏切っていたと聞いている」


二人がいつから肉体関係を持っていたのか知らないし、個人的には知りたくない。ただ被害者の身としては知っておく必要がある。


「……今日が初めてです」


イヴァン殿下が答えるが明らかに嘘だ。

慣れたように行われていた秘事を思い出して気分が悪くなってくる。

彼の答えに父から放たれる冷気が増した。


「貴様は私を舐めてるのか。そんな嘘が通用すると思うな」

「う、嘘では…」

「嘘ではないと陛下の前で誓えるか?」

「……」

「さっさと本当の事を言え」


別に聞きたくないのですけどね。

イヴァン殿下は助けを求めるように私を見てきたが敢えて視線を逸らした。視界の端で彼が絶望した顔を見せたような気がしたけど、それを見たところで助けようとは思わない。


「……二年前です」

「殿下っ!」


諦めたように答えたイヴァン殿下にテレーズは声を荒げた。

二年も前から裏切られていたのね。

今思えば気が付けそうな場面は多かった。それなのに気付かなかったのは私が二人を信用していたからだ。

次期王子妃として人を見る目を養ってきたつもりだったがまだまだらしい。


「二年間も娘を裏切っていたのか。それはさぞ楽しかっただろうな」

「なっ…ち、違います!」

「どう違うと言うのだ?」


泣きそうな顔をする二人。まるで自分達が被害者のように振る舞う彼らに怒りしか覚えなかった。

それは父も同じみたいだ。今にもイヴァン殿下を殴り飛ばしてしまいそうな雰囲気を醸し出す。


「私は貴様らを許すつもりはない。覚悟しておけ」


二人は絶望で気を失った。

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