02

次の日、少年が例の空き地の前を通っても、ジャックは鳴かなかった。代わりに、少年があっと声を出してしまった。空き地に、門が建てられていたのだ。少年は家についての知識などないので詳しくは分からなかったが、洋風の邸宅の入り口に建っていそうな、立派で大きな門だった。誰かが、こんなものを一日足らずで取り付けたのだろうか。買い手が決まり、建築を始めたにしても、門から建てるのは変だ。

門越しに中を覗き見たが、そこはいつもの寂れた空き地だ。なぜ急にこんなものが出来たのか。買い手から急な要請があったのか。そもそも買い手はついていたのだろうか。それなら、なぜ買い手を求める旨の看板が立て掛けてあったのだろうか、と彼は不思議に思ったが、深く考えないことにした。大人には少年の知らないような難しい事情があるのかもしれない。彼はそう考えをまとめ、家に戻った。


少年が寝ていると、ジャックが何やら窓の外を気にして落ち着かなさそうにしているのが分かった。

「眠れないのかい、ジャック」

少年が声を掛けると、ジャックはくうんと鼻を鳴らして、少年のベッドに飛び乗ってきた。ジャックは、何かに怯えているようだ。


「窓の外に何かいるのかい?」

少年が窓の外を見ても、そこには何もない。


「何もいないよ。安心して、ジャック。もし怖くて眠れないのなら、僕の布団の上で寝ても構わないからね。おやすみ」

少年は優しくジャックの頭を撫で、目を閉じた。


次の日の夜、少年はまたあの空き地の前を通りかかった。今度は、門を隔てた先に大きな屋敷が建てられていた。少年は驚き、腰を抜かしそうになってしまう。暗くてよく見えないが、立派な洋館だ。

門の先には庭が広がり、庭を進んだ先には豪勢な玄関戸がある。門ならまだしも、どうしてこんなものが一日で建てることが出来るのか。そんなことは果たして可能なのだろうか。少年はかつて、近所の家が何年もかけて工事をしていたのを知っているから、奇妙でならなかった。しかし、昨日までは本当にここには門しかなかったはずなのだ。それどころか、一昨日には何もなかったはずなのだ。


こんなことは普通じゃない。

少年は直感的に思った。同時に、少年ならではの好奇心も芽生えた。この家について誰かに事情を聞いてみたい、と。しかし、残念ながら少年はそもそも人との接触を避けるために夜中に出ているのだから、人にわざわざ話を聞きに行くなどという目立った行動が出来るわけがなかった。


好奇心を持っていたのは、むしろジャックの方だったかもしれない。少年がリードを引いて立ち去ろうとしても、その場に座り込んで、動かない。一昨日のように吠えることはしないが、ジャックはこの”家”に見惚れているのだった。まさかジャックはこの家に興味を持っているのだろうか。犬が家に興味を示す、というのは、あまり聞いた話ではない。


行くよ、と促すが、ジャックは一向にその場を離れない。確かに洋館は不思議で、好奇心を誘うものであることに間違いはないが、それはあくまでも少年を含めた人間の話であって、犬が興味を持つのはおかしい。ひょっとするとジャックは、少年には分からない別の何かに反応しているのかもしれない。


勿論そう思いたかった。

だが、少年はジャックを何年も一人で見てきている。家には、少年以外にジャックの世話をする者はいない。少年はいつしか、ジャックの気持ちが自然とその表情や仕草から分かるようになっていた。


ージャックは、この家に見惚れているー


これは、長年を共にしてきた少年にしか分からないことだが、彼は間違いなく、”家”を見ているのだ。敷地に忍び込んだ猫や野良犬の気配を感じているのでは決してない。


家にうっとりとした表情ーあくまでも少年の感覚だがーを浮かべるジャックとは反対に少年は早く立ち去りたいという気持ちが強かった。


勿論、他人の家の前で長居をするのは人目についてしまう、というのはあるが、それ以上に、少年はこの家に薄気味悪さを覚えていた。一日も経たず、唐突に建設された洋館。到底少年の頭では理解することのできないこの家が、酷く不気味だった。


少年はおやつを取り出し、足早に洋館を立ち去った。

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