だい〝さんじゅうよん〟わ【あだ名相互承認タイム ぱーと2】

 水曜日、昼休み。安達さん達の参加は既に決定済み。僕のヤマは超えた。だが残っている問題がある。そこいら辺りの事情の説明だ。

 まあそれもこれも徳大寺さんを会長にしてからでいいだろう。未だ内々の暫定会長でしかない徳大寺さんを正式な会長としてこの会のトップに就ける。だがこっちについては僕一人にかかる問題じゃない。安達さんには悪いがみんなの共同作業で決める。


 ぞろぞろぞろぞろっとみんなが応接室へ集まってきた。むろん安達さんと比企さんも。総員七名、全員集合。

 安達さんが〝あれっ?〟ていう顔をした。

「誰も欠けてないじゃない?」そう言った。


 誰かが来なくなる、とでも思ったんだろうか?

「そんとおりぜよ。だから昨日〝総意〟と言ったじゃろうが」と僕が応じた。


 安達さんは怪訝そうな顔をしたまま表情を崩さない。


「どういうもこういうも見たとおりぜ、頭数は五人以上なら何人でも困らんぜよ。そんなことよりおまんらが参加せんと話しが前に進まんき」などと僕は言っていた。蔓延し始めた薄黒い空気を遮るには怪しい土佐弁に限る。


 間髪入れずまとめ先輩が仕切り始める。

「じゃあ比企さん、安達さん、なんて呼ばれたいか? 言ってみて」と口にした。


 え? あだ名、この二人にもつけるの? 会長選任じゃないのか?


 待てよ、『比企』と『安達』がなにげに逆になってる。まとめ先輩は何を考えた? 距離を縮めたいのかそれともなにかの挑戦状か。


「唐突になんですか、それ?」安達さんが問い返す。


 近頃は〝あだ名〟も良くないことのように言われている。これはこちらのペースに巻き込んで反応を見てやろうという意味なのか?


「入ることになった人は呼ばれ方決めることになってるから」


 あっさりまとめ先輩は言うけども、僕のあだ名はあだ名とも言えない『今川くん』で通っているんですけどね。ま、自分で『それがいい』にしたんですけど。


「比企さん、あなたから」


 やっぱり意図してこっちを先にしている。まとめ先輩、完全に〝やる気〟だな。


「わ、わたしが先でいいんでしょうか?」比企さんが念を押すように問い返した。


「どうぞどうぞ」まとめ先輩が気さくな風に言う。若干強面風だとこういう時に便利だな。僕には無理だが。


「じゃあその、『カズホ』でいいです」比企さんは言った。


 それっていままでと同じじゃん。


「はい却下ー」まとめ先輩、あっさりと!


 ここでくすくす笑うのはいっつも、にーにーちゃんだけど今日はういのちゃんまで笑っていた。ういのちゃんは、

「わたしも却下されまくったから気にしないで」なんて言ってる。


 アレ? もしかして昨日僕が帰っちゃった後みんなで何かを打ち合わせた? それともアドリブ?


「じゃあどんな呼び方なら合格なのでしょうか?」などと妙な丁寧語で比企さんが訊いた。


「『カズポ』で」まとめ先輩が即断。


 ポ? 『ぱぴぷぺぽ』いわゆる、○(まる)のついた文字。


「どうしてそうなったんでしょうか?」比企さんがおどおど尋ねる。


「ああそれね、とある政治家の名前の最後の一文字が稲穂の『穂』で、ネットスラングで『ぽ』になってたから。だから『カズポ』、あるいは『カズポちゃん』で」


「あっはい」


 これは、限りなく本名に近いが本名ではないという、呼び捨て防止策なのか?


「それじゃあ次、安達さん」


 この人にあだ名つけると怒り出すんじゃあ……


「私は『閑夏さん』で」


 それ自分で言うか⁉


「はい却下ー」とまとめ先輩、即断あっさりと!


 しかしある意味当たり前だろう。先輩が後輩を〝さん付け〟で呼ぶってどうよ? ま、サッカー部だと後輩が先輩(僕)を呼び捨てだったりしたけど。


「どうしてです⁉」と安達さん。


 これはある種の天然か?


「ああそれは単純に名前+敬称だと却下されるってことだから、だからわたしも『ういのちゃん』になってますから」ういのちゃんが答えていた。


 これ、〝事前に打ち合わせた台本〟なんてものは無い。間違いない。アドリブだ。安達さんがなんと呼ばれたがっているかなんて、あらかじめ確たることなど言えるはずが無い。

 これは昨日安達さんに苦労させられたであろう僕に対する、みんななりのフォローなのだろうか?


 そこにまとめ先輩が畳み掛ける。

「いい⁉ 安達さん、ここにいるういのちゃんだって『ういのちゃん』になってしまっているくらいだから『閑夏さん』なんてなんの捻りも無い呼び方は却下になるのよ」


 僕の事情は訊かれない限り黙っていた方がいいだろう。


「私をどんな呼び方で呼ぶんです?」安達さんが不満を顔に露わにして問うた。


「『しーずかちゃん』に決まったから」


 ええっ! 安達さんがあの〝ツイン・ショートおさげ(なんていう髪型か解らん)〟の『しーずかちゃん』だなんて……イメージが……


「ちょっと待ってください、なんでわざわざ名前を伸ばすんですか?」


 そうだとも!


「決まってるでしょ。しずかちゃんを誘うときは伸ばして呼ぶって昔から決まっているから!」


 やっぱり〝ツイン・ショートおさげ〟の『しーずかちゃん』からか、まとめ先輩の発想は。そりゃ名前は確かに『閑夏(しずか)』だから間違っちゃいないけど。


 とは言え、だ。

 『閑夏さん』を『しーずかちゃん』に、ってのは『敬称をつけてね』という安達さんのリクエストを否定していない。

 そして限りなく呼び捨てに近いけど呼び捨てではない『カズポ』。

 拒否られないギリギリを攻めてきてるな、まとめ先輩は。


 昨日、安達さん、いや、しーずかちゃんに一方的に押されまくっていた僕とはエライ違いじゃないか。


 主導権を握った(?)まとめ先輩がいよいよ本題を切り出してきた。

「では次っ。いよいよ大本命の本題だから! つまり会長を誰にするか!」

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