だい〝さんじゅうに〟わ【主人公・今川真のいない応接室】

 そのあと、応接室——


 上伊集院吉乃が言いにくそうに切り出した。

「あのぅ……今日は解散という話しをしたと思うのですが……」

 

 じろり、と疑いのまなこを向ける山口まとめ。

「今川くんまでいなくなっちゃって、もう〝〟じゃないし、いいでしょ」と強引に押し通し、「ういの、いまの今川くんの態度どう思った?」と問い詰める。


「元はと言えば安達さんの件はおいの我が儘から始まったこと。おいが疑う道理などあるはずが無か」と上伊集院吉乃。


「なに言ってるのういの。みんなはあなたじゃないの!」と山口まとめが突っ込む。すかさず今度は徳大寺聖子にことばを放つ。

「徳大寺さん、いまの今川くんの態度どう思った?」


「いやまあ、少し様子がおかしいなって……」


「今川くんが寝返ったって思わない?」


「まさか。関ヶ原じゃあるまいし」


「〝関ヶ原〟なんてすかさず出てくるようになったわね」


「いやいやこれくらいは」


「じゃあ〝例え〟はやめてダイレクトに。今川くんが安達さんの後を追っかけていった可能性は?」


「ないないない。あの今川くんに限って」


「なにボケかましてるの」


(いや素直にボケてないし……)と思う徳大寺聖子。(——この怒りは『学校公認』はどうでもいい、安達なんてどうでもいい、って意味だよね? あるいは自分があっさりと断られた案件を今川くんがあっさりとまとめてみせたことに対する嫉妬とか)


「いい? 徳大寺さん。わたしは今川くんが『なんらかの譲歩をしたに決まってる』って疑ってるの!」


「そ、そんなに怒らなくても」


「言っとくけど怒ってるわけじゃないからね。『疑惑がある』って言ってるの!」言い終わるや山口まとめは再び上伊集院吉乃に振る。

「ういの。あなたは?」


「わたし的には『さすがは今川さーでおわす』なんですけど」と答える上伊集院吉乃。


「だけどね、正直なところどう思ってる?」


「〝どう〟とは?」


「まさか成功するなんてそこまで思ってなかったでしょ?」


「だから『さすがは』と言ったんです」


「問題は、なにを言ってまとめたか、ってこと!」


「とは言え騙されたというわけでもないでしょう」


「どういう根拠で『騙されてない』って言えるの?」


「『あとは薩長同盟』、と言っていましたから」


「それをどう理解したの?」


「『薩摩藩』と『長州藩』って仲が悪いんですよ。『薩賊』っていうことばがあるくらい。でも同盟したと。これと同じで仲が悪いことを前提に組むってことです。今川さーがそれを理解してるということは大っぴらに向こう側につくのは考えにくいと」


「『薩長同盟』なのに仲が悪いの?」


「……あの『蛤御門はまぐりごもんの戦い』とか『禁門の変』とか聞きますよね?」


「長州が京都に攻め上ったってやつね」


「戦った相手は?」


「幕府、だったっけ?」


「……」

 さすがに先輩相手に偉そうな講義はできない上伊集院吉乃だった。

 ちなみに蛤御門の戦い(禁門の変)時は『長州藩VS会津藩+薩摩藩』だったのが、坂本龍馬の画策以降、戊申戦争時には『長州藩+薩摩藩VS会津藩+長岡藩ほか』となっている。


「でもなにも後ろ暗いことが無ければあっという間にいなくなるとか無いでしょ。〝この状況〟にどう説明をつけるの? 交渉をまとめるために、なんらかの譲歩を呑まされたと考えないと。そうでしょ? 徳大寺さん」と今度は徳大寺聖子に振る山口まとめ。


「確かに今川くんは何かを隠しているような……」徳大寺聖子は歯切れ悪く言った。

 (だけど今川くんに『行け!』と言ったのわたしだし……)

 

 ここでふと新見にしきは実にらしくないことを漏らした。

「安達さんって『会長』をやりたいのかなあ?」


「そうよ! それよ! 主導権を握りたいって魂胆に決まってる!」と我が意を得たとばかりの山口まとめ。


 徳大寺聖子はふと思い出した。

「そう言えば……今川くんは『暫定会長なんだよね』、って言いました」


「ザンテイ、暫定ってハッキリ言ったのね! つまり一時的なものだと!」と気色ばむ山口まとめ。


「そいはおかしか」と上伊集院吉乃。


 それに山口まとめが噛み付く。

「なんで薩摩弁になるの⁉」


「これは単なる照れ隠しですけど、でも会長を選挙で選ぶなら仮に今川さーが向こう側についても3票にしかなりません。こっちは4票じゃないですか?」


「……」

 あまりな正論にことばも無くす山口まとめ。


「だけど、そんなことしたら仲良しに亀裂が入るよね?」と新見にしき。


「そう! それそれ! わたしは今川くんと約束したのに! 向こうにつくなんて!」と山口まとめ。


「やくそく?」、と〝?顔〟の上伊集院吉乃。


(あぁ)と割にすぐに合点がいった徳大寺聖子。(、っていうアレか)


「約束は約束よっ!」と中身は語らない山口まとめ。


(あ、ごまかした)(ならやっぱり黙ってるのがいいのかな)と思う徳大寺聖子。


「ひょっとして……」とまたも新見にしき。「——徳大寺さんと今川くんの間に亀裂を——」


「にーにーちゃん今日は冴えてるじゃない! それよ! それを狙ったのよ! この会の中心は良くも悪くも今川くんと徳大寺さんっ。そこを切ったら空中分解確定!」と山口まとめ。


「あの〜、『良く』の方はいいんですけど『悪くも』というのはいったい……?」と徳大寺聖子。

 しかし委細語らず山口まとめは怒濤に迫った。

「徳大寺さん、あなた、今川くんが会長選挙で入れてくれなかったらどう?」


「〝どう〟って……、少し悲しいかも……」


「じゃあ電話ね」


「はい?」


「なにすっとぼけてるの徳大寺さん。直接声で確認するのよ!」

 山口まとめの圧迫に気圧される徳大寺聖子。そして様子を見つめる他二人。

 さらにダメを押すように山口まとめ。

「もしかしたら安達さんが近くにいるかもしれないし」


「いっ、いないと思うなぁ〜今川くんだし」徳大寺聖子は答えた。


「信じてるの? 徳大寺さん」


「え、え〜」


「即座に『信じてる』って言えなかったようね」となぜかドヤ顔の山口まとめ。


「はは……」


「笑ってごまかさない! いい? 今川くんは基本小心者。声を聞けばすぐに解るでしょ」


 周囲を見廻す徳大寺聖子。

(誰も何も言ってくれない……)

(でも、『まとめ先輩がやれ』って言うならやっていいよね)意を決しスマホを取り出す。今川真へのアクセスを開始。


 繋がる。

〝どうしたの? 徳大寺さん〟

「あっ、いやその」

〝安達さんの件でしょ?〟

「なにかまずいことでも約束させられたの?」

〝正直みんなの反応が怖い〟

「みんなって?」

〝徳大寺さん以外〟

「はい?」

〝徳大寺さんが『交渉は今川くんが』って言ったよね? それを今さら梯子を外されても困るんだけど〟

「え? 話しが見えない」

〝見えるでしょ。応接室には、ほら、他のみんながいたから。徳大寺さんだけに話せる状況じゃないし〟

「えーと、そう、そうなんだ」

〝ああやっぱり気になるよね。実は安達さんはね——〟

「あっ! それで話しは変わるけど会長選挙は——」

〝それは徳大寺さんでしょ〟

「わたし?」

〝そうだけど。『徳大寺さんに投票する』でいいんだよね?〟

「でも『暫定会長』がどうとか言ってたよね?」

〝今のところ『暫定』だから『暫定会長』なんだけど〟

「ああ〜、そうなんだ。うん、じゃこれで」

 徳大寺聖子は一方的に話しを終わらせ切った。

 いぶかしげな視線を送る他三人。その三人の方を向き、


「今川くんは、いつもの感じの今川くんで、大丈夫みたいです」徳大寺聖子は言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る