24. 完璧なレディ〜2度目の変身

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ふたたびアンドリューの母キャロラインの家。キャロラインは、アンドリューが女性をこの家に連れてきたのは初めてだと教えてくれた。アンドリューは私のことを本当に愛してくれているのかもしれない……。


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 やがて車は昨日おとずれたキャロラインの家に到着した。迎えに出たキャロラインは、驚きながらもとてもうれしそうにしていた。

「お母さん、また来たよ。さっき連絡したけど、今日のキルトのオークションに、レベッカに同行してもらおうと思って。急なことだから、着るものなんかをそれなりに支度しなければならないんだけど、頼んでいいかな?」

「まあ、もちろんよ。だけど、あなたはどうするの?」

「今日ははずせない会議があるんで、これからオフィスに戻るよ。夕方迎えに来るから、よろしく頼む。また電話するからね」

 アンドリューはそう言うと、レベッカの頬に軽くキスを残し、家に入らずに去っていった。


 昨日はキャロラインと楽しい時間を過ごせた。けれども昨夜のことを思いだすと、どういう態度でいればいいのか戸惑ってしまった。

「とにかく中にはいって、お茶でも飲みましょう」

 遠慮したそうなレベッカの様子を見て、キャロラインが言った。

「でも、こんな突然にご迷惑じゃないですか?」

「とんでもない。それどころかうれしいのよ。息子なんてつまらないものよ。あなたをどんな風に飾り立てたらいいか、いっしょに考えましょう」

 キャロラインはなにか感づいているのかもしれないが、それでも昨日と同じく、気さくに接してくれている。砂糖を多めに入れたストレートティを口にしたこともあって、しだいにレベッカの気持ちもほぐれていった。

 キャロラインはお茶を飲みながら、どんなドレスがいいか、髪をどうしようか、などと話をした。

「やっぱり女の子はいいわね」しみじみキャロラインが言った。「実はね、アンドリューが女性をこの家に連れてきたのは、これがはじめてなのよ」

 そう言われて、ふたたびレベッカの胸は高鳴った。それは深い意味があるととらえていいのだろうか。レベッカは期待と不安で落ち着かない気分になった。


 軽いブランチをとったあと、キャロラインの行きつけのブティックへは、キャロラインが運転する小型の黄色いオープンカーで向かった。

 サロン風のセレクトショップでは、昨日のデパートと同じく香り高いコーヒーでもてなされた。今回は店のマダムおすすめのドレスが、どんどん目の前に持ち込まれて来た。昨日あんなに驚いたおかげで少し慣れてきたレベッカは、興味深くあたりを見回した。

「瞳の色と髪の色に金がまじっていますから、それを引き出せるように軽めの色合いがいいかと思われます」

「そうねえ、でもピンクはだめよ。オークション会場では浮いてしまうし、レセプションの時には案外目立たなくなってしまうもの」キャロラインは何枚ものドレスを手にとり、レベッカの顔の横に合わせていった。

「こちらのヴァレンティノはかなりおすすめですわ」

 マダムがそう言って、レベッカの胸もとにゴージャスなブロンズ色のドレスを当てた。

「うーん、いまひとつね。たぶん、そのドレスの生地が少し重く見えるからだと思うわ。もう少し軽い素材のほうがふさわしいかもしれないわね」

 レベッカそっちのけで、キャロラインとマダムは熱心に品定めをしている。最初のほうこそ、自分でも似合う・似合わないを気にしていたが、だんだんよくわからなくなってしまった。

 2日間で一生分の試着をしてしまったかも。

 レベッカがそんなことを考えはじめたころ、ようやくドレスが決まった。

 

 2時間後、レベッカは完璧なレディに変身していた。

 ドレスはシャンパンゴールドのシンプルなノースリーブのワンピースに、それとそろいの軽い上着。そではシフォン仕立てで袖口まで透けている。靴は黒いエナメルにプラチナのアクセントがついたパンプス。かかとが透明になっているので全体が軽やかな印象だ。ハイヒールなどほとんど履いたことのないレベッカだったが、上等なものだからか、きゅうくつなところはまったくなかった。パーティ用のバッグは、キャロラインがやはり黒のエナメルの小さなクラッチバッグを貸してくれることになった。

「お肌の手入れをしてからメイクして、ヘアも整えましょう」

 キャロラインはほんとうに楽しそうにレベッカを見つめると、そう言った。

「メイク、ですか?」

「ええそうよ。そのままでもとてもきれいだけど、アンドリューをあっと言わせるためにも、少しだけ磨きをかけてみましょうよ」そう言ってキャロラインはウインクした。「あなたのこと、アンドリューはきれいだと思っているでしょうけど、まだまだそんなものじゃないってことがわかって、きっと驚くわよ」いたずらっぽい口調になっている。

 レベッカは自分の見かけについては、ごく平凡な印象しか持っていなかった。だが、昨日のドレスといい今日のドレスや小物といい、自分でも思ってみたことのない、まるで別人のような姿があらわれることに気づいた。

 日ごろからお客様に応対しているため、立ち姿や立ち居ふるまいには気をつかっている。それが、仕立てのいいドレスをさらに素敵に見せてくれた。

「ほんとうに、選びがいがあるわ。もっとたくさん選んでもいいくらいだわ」

 今晩のための服でなければ何着も選んでしまいそうなキャロラインの口調に、レベッカも頬を染めながら喜んでいた。


 ヘアメイクのために美容院へ行くと、まるで手品のように手際よく美容師がアップにしてくれた。

「ああ、そのほうがいいわね。ドレスの雰囲気に合わせて華やかになるから」キャロラインが見ていて、てきぱきと指示してくれた。

 さらにキャロラインが、自分が若いころに使ったものだと言って、手持ちのジュエリーボックスの中からベッコウの櫛を貸してくれた。その深いあめ色の櫛は、レベッカの髪の色に合っていて、しっかり存在感を示し、ゴージャスな雰囲気をプラスしてくれる。

「お肌の状態がとてもいいので、メイクしがいがありますわ」

 メイク担当の女性も、レベッカのことをほめてくれた。

 同行するアンドリューに恥をかかせたくないと、レベッカはされるがままになっていたが、その費用だけは払おうとした。

「いいのよ。気にしないで」キャロラインは拒んだ。

「そういうわけにはいきません」さすがにレベッカも引き下がれない。

「私だって楽しんだんですもの。それに、アンドリューにも頼まれたんですしね」そういいながら、キャロラインは少し考えた。「そうねえ、もしそれじゃ気が済まないっていうのなら、今度、あなたのキルトを見せてちょうだい」

「ええ、それは喜んでお見せしますけど……」

 アンドリューが強引なのは、母親譲りらしい。キャロラインもレベッカの言うことをきかず、さっさと車へと歩き出した。

 レベッカは小さくため息をつき、あわてて後を追った。

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