16. 完成したキルト〜小さな決心

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ついにキルトが完成した。アンドリューの母の誕生日まであと1週間。郵便で送ろうとするレベッカに、伯母はぜひニューヨークに行って直接アンドリューに手渡すよう勧める。伯母の熱意に負けて、レベッカはニューヨークに向かう。


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 ついにキルトが完成した。

 アンドリューの母親の誕生日の1週間まえになっていた。

 レベッカは心をこめてていねいに箱に詰め、美しい紙とリボンでラッピングをし、さらにもう一段階包んでから、ほっとひと息ついた。これでいい。さっそく荷物をかかえて郵便局へ行こうとした。

「あら、レベッカ。どこへ行くの?」ホテルの前でスーザンが声をかけた。

「郵便局よ。これをミスター・ハートに送るの」レベッカは包みを持ちあげて見せた。

「郵送しちゃうの? 持っていったほうがいいんじゃないかしら。ミスター・ハートに会えるし、ニューヨークは久しぶりでしょ? 買い物をして、おいしいものでも食べてらっしゃい」

 レベッカはためらった。連絡先のメモをにらみながら意気地のないまま時間が経ったことで、すっかりアンドリューに電話しづらくなっていた。キルトができたら連絡を、と言われていたが、決心がつかなかったのだ。

「でも伯母さん、明日はチェックインが3組あるのよ。部屋の準備があるし、朝食の下ごしらえがあるし、それから……」

「レベッカ」スーザンは苦笑した。「それぐらい私とパートの人たちでできるわ。デイビッドだっているのよ。あまり楽をさせちゃうと、早く老け込んじゃうわ」

「でも……」

 レベッカは何かいいわけを思いつこうと口をひらいたが、スーザンに先を越されてしまった。

「あなたはもうずっと休んでないんだから、たまには自分の時間を楽しんでらっしゃい。ミスター・ハートはつきあってくれるかしら。私から電話してみましょうか?」

 レベッカは愕然とした。「やめて!」思わず叫んだ。「あ、あの……いいの。たぶん忙しいでしょうし、秘書の人に預ければすむことだから」

「じゃあ、行くのね?」スーザンはにやりとした。

「え?」

 いつの間にか行くことになってしまった。レベッカはため息をついた。「わかったわ。キルトの店も見てみたいし、ファッションの流行を見てみるのも勉強になるし」自分で言いながらもいいわけがましかった。

「はいはい。ほら、着替えてらっしゃい。いくらなんでもその格好じゃねえ」スーザンはTシャツとジーパン姿のレベッカを見た。「去年買ったピンク色のサマーセーターに花柄のスカートはどう? あの色はあなたの肌をいっそうきれいに見せてすてきよ」

 レベッカはまたため息をついた。「だから面倒なのよね、出かけるのは」

 だが、正直言って、あのセーターは自分でも似合うと思っていた。もしかしたらアンドリューに会うことになるかもしれないから、せめてましに見える姿でいたい。

「ほら、急がないとバスに遅れちゃうわよ。いそいで」

 レベッカは着替えに自室へ向かった。スーザンはにこにこと姪の背中を見送った。

 この1カ月、レベッカがいつにも増してキルト作りに夢中になっていることも、それがアンドリューのためであることもスーザンは気づいていた。そして〈ラミティエ〉に滞在していた間、アンドリューがどんな目でレベッカを見ていたかも。

 ふたりとも大人だから口を出す必要はないだろう。けれど、ちょっと背中を押してやらないと。レベッカは恋愛に不慣れだし、意地っ張りだから、ほんの少し手助けしてあげよう。それがレベッカの幸せにつながるのなら。


 大急ぎで自分の部屋にもどったレベッカは、あらためて深呼吸した。

 ニューヨークに行く。

 大っ嫌いな都会に向かうのに、なぜか気持ちが高揚している。

「ばかみたいだわ」小さくつぶやいたけれど、声はどこか明るかった。出会ってからほぼ1カ月。アンドリューと過ごした時間を思い出しながら、ひと針ずつキルトを仕上げていた。

 最初のころのつんけんした自分の態度を思い出すたび、その感じの悪さに赤面した。それなのに、辛抱強くアンドリューはつきあってくれた。

 ときどき、土地の件で電話があったことは伯父から聞いていた。

「だがな、レベッカ、先方はおまえの了解が得られなければ土地は売れない、ということもよくわかってくれているんだ。だからおまえも無理して決めなくていいんだよ」

「ええ、もちろんよ、伯父さま」

 最初のころこそ、土地を売るなんて絶対にだめだと思っていたレベッカも、このごろでは自分の考えに自信がなくなっていた。

 全員がレベッカにとってもっとも幸せな状態を提供しようとしてくれている。

 では、自分はどうなのか?

 たしかにこれまでの日々、大好きな伯父と伯母のために尽くしてきた。ただ、それは家族なら当然のことだ。でも、見方を変えると、自分が尽くしてきた以上に2人に守られて来たのではないかしら?

 伯父や伯母を守っているつもりで、じつは2人のふところのなかで甘えていただけなのかもしれない。

 そして最近では、伯父や伯母のほうがレベッカの人生を心配しはじめている。

 あたたかい繭のなかでぬくぬく暮らしているような、そんな日々が永遠につづくわけではないことを、2人のほうが冷静に感じている。

 2人は自分たちの人生の次の段階へと舵を取りはじめたのだ。その手はじめが、今回の土地売却なのだろう。

 感情的に反対しているだけでは、本当の意味で2人のことを考えているとはいえない。

 今回、少しでも長くアンドリューと会えるのであれば、きちんと彼の人柄をみきわめて来よう。失礼な態度はなしにして。

 伯父のためにも伯母のためにも、良き隣人を得る機会なのかもしれないのだから。2人にとって最良の人生を届けられるようにしてあげたいもの。

 仕事用のポニーテールをほどいて、豊かな髪にていねいにブラッシングをかけながら、レベッカは鏡のなかの自分に語りかけていた。

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