第38話 素直になれない

 即座に断ったのは、アイリスが何を言うか、想定できていたからだ。

 だがそれはアイリスも同じだったようで、驚くこともなく小さく笑っただけだった。


「やはりそうですか」

「……物分かりがいいな」

「ダメで元々でしたから。グロウ様のお立場を考えれば当然のことです。

 魔術師協会の……クズールのしたことを考えれば、わたしの提案は虫のいいことだと理解しています」

「メタル対策はできているのか?」

「ふふ、やはりグロウ様はお優しいんですね」

「俺が? まさか」


 カタリナもアイリスも頭でも打ったんじゃないだろうか。

 優しい優しいと、すぐに人を信用する。

 こいつも同じ類なのか。


「わたしは五賢者筆頭の白魔術師。あらゆる魔術を扱う、魔術師の代名詞アイリスですよ?」


 何やら呪文を唱え始めたアイリス。

 強大な魔力が弾けると、ゴゴゴと地面が動き始めた。

 それは緩やかに、驚くほどの振動の少なさだった。

 生き物のように動き出す岩と土が、地面に空いていた穴を覆っていく。

 ぽっかりと開いていた穴は綺麗に塞がった。


「地上であればメタルへの対抗策はいくらでもあります」


 俺は肩を竦めて答える。

 当然だ。

 彼女は魔術師の頂点に君臨する最強の魔術師。

 ただの金属魔術師である俺では足元にも及ばない。

 今回は地下の狭い場所の上、足手まといだらけだったから対応できなかっただけ。

 彼女の言う通り十二分に力を発揮できる環境ならば、対抗策はいくらでもあっただろう。

 まあ、金属魔術でしかメタルを倒せないというのも、あくまで俺の見解だ。

 俺がいない内に、何かの対抗策を見つけている可能性もある。

 なんせ魔術国家レーベルンの優秀な魔術師たちが総力を挙げて、対策に尽力しているのだから。

 どっちにしても杞憂、だったようだ。


「王にはグロウ様は見つけられなかったと、そう伝えます。

 クズールに関してもご安心を。グロウ様には非はありませんので」

「いいのか?」

「はい。せめてもの償いです。

 グロウ様には様々なご迷惑をおかけしましたし、何度も助けてもいただきましたから。

 それと、どこか安全な場所へ移動したいということでしたら、支援させていただきます。

 村の方々への補償も致します。ここに住まうのは難しいでしょうから、新たな土地や街へ移住するのはいかがでしょうか?

 もちろんその際には最大限にご助力いたしますし、必要経費はすべてこちらで負担させていただきます」


 アイリスは最初から決めていたかのように流れるように言う。

 至れり尽くせり、というやつだろうか。

 原因はクズールだが、アイリスがここまで責任を負うつもりだとは思わなかった。

 俺はふと村人たちを見た。

 カタリナや村人たちには、喜びも怒りも不安もなにもなかった。

 そうだよな。

 おまえたちはそうだろう。

 俺は小さく笑い、嘆息した。


「すみません、せっかくのお申し出ですが、あたしたちはどこにも行きません。

 ここで生きていきます!」

「うむ、儂らの村は他にはないからのぉ」


 俺は呆れたように問う。


「……ドライアドはもういない。これからは魔物が現れるかもしれないぞ?」

「それでも! あの村があたしたちの家ですから!」

「何があっても同じこと。移住なんてするつもりはありませんぞ」


 カタリナや村人たちの意志は固かった。

 村は燃え、地面は割れ、おおよそ人が住める環境ではなくなっている。

 それでもあそこが彼らの家なのだ。

 頑固で、意固地で、柔軟性に欠ける。

 賢明さなんて微塵もなく、愚かな行為だ。

 だが、俺はその考えが好ましいと思った。

 これは彼らの矜持なのだ。

 愚かでも、非論理的でも、彼らの誇りなのだ。

 だから、俺には止めることはできなかった。


「……そうですか。皆様のご意思は尊重いたします。

 ではグロウ様はいかがなさいますか?

 この地へいらっしゃるということは、隣国のニアスへ向かおうとしていらっしゃったとお見受けします。

 そちらへ移住できるように手配をいたしましょうか?」


 渡りに船だ。

 自力で隣国へ行くならば大量の路銀と労力が必要だっただろう。

 検問や関所で捕縛される可能性もある。

 だがアイリスの助力があれば、簡単に亡命することは可能だろう。

 こんなの答えは決まっているじゃないか。

 俺は口を開いた。


「俺もここに残る」


 カタリナや村人たちが驚きに目を見開いた。

 アイリスも同じような顔をしている。

 同感だ。

 我ながら俺らしくない答えだった。

 でも俺はそう決めた。

 この村に残ると。


「こいつらは本当に馬鹿でさ。

 詐欺師に騙されて、魔晶果をはした金で売るわ、よそ者をすぐに信じるわ、クソ野郎もすぐ許すわ、お人よしだわで見てられない。

 俺がいなきゃこんな村、すぐに山賊か魔物に襲われてなくなるからな。

 面倒だけどしょうがない。俺以外に、こいつらを守れる奴がいないからな」


 ああ、わかってる。

 見苦しいさ。

 素直じゃないし、誤魔化しているし、言い訳がましい。

 でも、俺にはこれが精いっぱいだったんだ。

 だってさ。

 言えないだろ?

 この村が、村の人間が、カタリナが、全部が気に入ってるんだ、なんて。

 そんなの口が裂けても言えない。

 言ってやるものか。

 俺は仏頂面で目を泳がせた。

 何度も感じた居心地の悪さが、今度は気恥ずかしさも混ざって胸に去来する。


「グロウ様!」


 カタリナが再び俺に抱き着いてきた。

 いや、もはや突進だ。

 ぎりぎりで力を込めて転ばずに済み、なんとかカタリナを抱きとめた。


「いきなり飛び掛かってくるな! おまえはゴブリンか?」

「うえええぇっ! グロウ様、グロウ様!」

「ああ、もううっとうしい、泣くな! それといい加減、様はやめろ、様は!」

「じゃあ、グロウ君!」

「君もやめろ!」

「もう! もう、ああ言えばこう言う! グロウはいつもそう!」

「……うるせぇよ」


 俺が何も言わなくなると、カタリナはニマァと笑った。

 くっ、うざすぎる!

 この笑顔、張り倒したくなる。


「なんだよ」


 その笑顔はカタリナだけでなく、いつの間にか集まってきた村人たち全員が浮かべていた。

 こいつら全員、うざってぇっ!!


「なんなんだよ! そのニヤニヤをやめろ!」


 俺は語彙力を失い、ただやめろやめろと言い続けることしかできなかった。

 やっぱり一人でどこかへ行ってしまえばよかった。

 そう思うくせに、決断を覆すことはできない。

 だって。

 この空間が心地いいと思ってしまっていたから。

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