第14話 カタリナ
「えぐっ、あうっ、ううっ」
少女は十数分に渡り俺に抱き着きながら泣いていたが、ようやく落ち着いたのか俺から離れて鼻をぐずぐず鳴らしていた。
ボロボロの少女を改めて見る。
顔は妙に整っており、胸は豊満で過剰なほどにスタイルがいい。
髪は透き通るほどの銀糸。光を反射して幻想的だった。
肌は白く、瞳は透き通るグレー。
誰もが振り返るほどの美少女であった。
しかし服は安物で使い古されているのか、そこかしこに継ぎはぎがあった。
容姿と服装が釣り合っていない。
「落ち着いたか?」
「は、はい。た、助けていただいた上に、ご面倒までおかけして、すみません……」
「そうか、そりゃよかった」
俺は満面の笑顔を見せつけた。
すると不安そうにしていた少女は表情を喜びに変えた。
そして俺は右手を差し出す。
「金」
俺は笑顔のまま言った。
「……今、なんと?」
喜びから一転、不安が顔に出る少女。
「金だよ、金。助けてやった礼を出せって言ってんだ。当然の報酬だろ?」
少女はサァっと顔を青ざめた。
わかりやすいほどの表情の変化を前に、俺は嘆息する。
少女は勢いよく頭を下げた。
「す、すみません! も、持ち合わせがなくて」
「いくらなら出せる」
「こ、これくらいです……」
少女が懐から取り出したのは銅貨二枚だった。
「これはなんだ、子供のお小遣いか?」
「い、今はこれしか……ごめんなさい!」
正直、もう面倒だった。
これ以上、相手に要求するのも、報酬を回収する手間も。
でも俺は手間や面倒よりも、大事なことを思い出す。
それは相手に舐められないことだ。
行動、成果に対して正当な報酬を支払うという当たり前のことと、結果を見て、それを認めるということ。
それをさせなかった結果どうなるのかを、俺は理解している。
甘い顔をすると舐められるのだと。
舐められれば見下されるのだと。
見下されれば搾取されるのだと。
助けられるのが当たり前、命がけでも関係ないと考える人間はいくらでもいる。
与えられる側はいつも、搾取しているという事実に気づかないのだ。
その程度は当然だと、もっとよこせと図々しく要求しだす。
この娘も、助けられたことに対して感謝しているように見えてその実、どうにかこの場を乗り切ろうと思っているに違いない。
だから銅貨二枚なんてはした金しか出さなかった。
人間とはそういう生き物だ。
感謝なんて豚の餌にもならない。
「命の値段が銅貨二枚か」
「す、すみません……」
しゅんとして首を垂れる少女。
庇護欲をそそり、男の好意を得られそうな様相だった。
やはりそうだ。
こいつは申し訳なさそうな態度をして、自分の容姿を利用してこの場を逃げ切ろうとしている。
やはり報酬はいらない、たまたま助けただけだ、そういう言葉を俺から引き出すつもりなのだ。
どこにでもいる善人の顔をした寄生虫。
もう俺は甘い顔などしない。そうでなければ奪われるだけだ。
幸い、こいつは容姿がいい。
金を支払わせる手段なんていくらでもあるだろう。
だったら奴隷商にでも売って――。
「あ、あの、家に行けばもう少しお支払いできると思うので! 申し訳ありませんが、ついてきてくださいませんか!?」
少女は懸命な所作をしながら、顔を俺に寄せてくる。
俺は思わず不快感を抱き、顔をしかめた。
睨みつけるような顔になっていたかもしれない。
しかしなぜか少女ははっとした顔をして、頬を赤らめたと思ったら、勢いよく離れていった。
「あ、す、すす、すみません」
「……何がだ?」
「え? あ、いえ! な、なんでもないです!」
この動揺っぷり。
もしかしてこいつ、美人局か野盗か山賊の類の仲間か?
こんな森の中でこれだけ美人がいるのも違和感がある。
それに妙に距離が近いし、色気を振りまいている。
今ももじもじしながら、俺を横目でちらちらと見てきている。
なるほど、見事に『助けられた少女が恩人に好意を抱いているように見える仕草』だ。
だが俺は騙されない。
僻地の村や集落で旅人を連れ込んで金品を奪うか、奴隷にしているという話は聞いたことがある。
この女は俺と魔物との戦闘は見ていたし、俺の実力はわかっているだろうが、多勢に無勢では抵抗できないだろう、そう見たのかもしれない。
魔術師は貴重だ。
例え、一般的に見下されている金属魔術師でも、魔術師に対して劣等感を抱いていたり、希少性を感じている輩もいるだろう。
この女が俺に商品価値がある、そう感じていても不思議はない。
あるいは俺の手配書がすでに出回っていて、この女もそれを知っているという可能性もある。
「いいだろう。案内しろ」
罠にかかってやろうじゃないか。
誰が相手だろうと俺はもうへりくだらない。
奪おうとするやつらは全員殺してやる。
「よ、よかったです! 狭い村ですが! いいところなので楽しみにしててくださいね!」
村か。ということは結構な人数がいそうだ。
誘拐村、奴隷村。そんな場所なのだろうか。
誰が相手であってもどうでもいいが、悪人相手となれば手加減は無用だ。
正当な暴力であればより気分がいいだろう。
仮にただの賞金稼ぎでも容赦はしない。
歩き始めた少女の後ろをついていくと、少女は突然振り返った。
「あ! 紹介が遅れてすみません! あたしはカタリナって言います!」
「……グロウだ」
いい名前ですね、と笑顔で言ったカタリナの顔を、俺はしかめっ面で見た。
明らかな敵意を向けたためか、カタリナは慌てて正面に向き直った。
耳が少し赤かったのは怒りのせいだろうか。
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