▽29.礫帝、人間の軍勢を撃破する。


 そして、翌々日。

 エルフたちが住まう森を抜けたところにある大平原地帯で。


「うはぁ……こりゃあ、相当の数の兵がいるな……」


 森の出口で目を凝らして、俺は思わずつぶやいた。

 その数およそ千か二千か。エルフを打ち負かすだけの先発隊にしてはかなりの軍勢だ。

 多分、この戦いの後でさらに奥の領土へ侵攻するつもりなのだろう。

 遠見の魔術を使わなくてもはっきりわかる。いくつもの野営地が設営され、多くの兵たちが突撃を今かと待ち構えていた。


「あれだけの数を相手に……一体どうするつもりなのだ、この御仁は」


 立ち会いのためについてきてくれたエルフの族長の一人が、俺の後ろで不安げに言う。


「じゃ、魔王様。『拡声石』をお借りしてもよろしいでしょうか」


 それをスルーして俺はロゼッタに尋ねる。

 拡声石とは、魔石の一つ。声を遠方まで響かせる伝達用の魔道具だ。

 彼女は頷き、手持ちの宝石箱から石を一つ取り出して、俺へと渡してくれる。


 俺は口もとにその石を近づけ、やや演技がかった口調で平原に向けて叫んだ。


「──ハシュバールの兵に告ぐ! 我は魔王軍四天王の一人、クロノ・ディアマットである! 我ら魔王軍は、この森に住まうエルフたちと同盟関係を締結した! 故に貴殿ら人間がエルフの森を侵そうとするのであれば、それは魔王軍に弓引くのと同義である! ここから先はその旨を覚悟の上で歩を進められたし!」


 警告の口上が快晴の空に響き渡った。

 実を言うと、すでにハシュバール軍には同じ内容の書簡を前日に送っており、これは二度目の警告となる。

 だが、兵たちは撤退する様子など微塵も見せない。

 平原の小高い位置で将兵らしき男が騎乗し、兵に注目を促すよう右手を掲げる。

 その男は声を張り上げ、こちらに負けないくらいの怒声をもって、全軍へと檄を飛ばした。


「馬鹿めが、魔王軍など何するものぞ! 我らには無敵の竜鱗がある! 恐れるな! この鎧がある限り、魔族どもの矮小な魔法が我らに届くことはない!」


「「「おおおおおおおおーっ!!」」」


 兵たちはときの声をあげる。

 続いてその将が突貫の号令とともに右手を振り下ろすと、それと同時にすべての兵士がこちらへと突っ込んできた。


「全軍、突撃せよ! 愚かな魔王軍を、エルフともども蹂躙し尽くすのだ!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおっ──!!!」」」


 ドドドドッ──と、無数の足踏みと怒号が地鳴りのように響き渡る。

 それらはまるで巨大な津波のようだった。

 騎兵が半分。残り半分が歩兵といったところか。

 思わずたじろぐほどの勢いだ。おそらく正規の魔王軍でも、これをまともに受ければひとたまりもないだろう。


 そう、まともに受けたなら・・・・・・・・・──の話ではあるが。


「クロノ」


 心配そうにロゼッタが呼びかける。

 大丈夫だ。俺は我が主を安心させるため彼女の肩に手を置くと、そのまま木々の中から歩き出て、一人で敵軍へと相対した。


 ゆっくりと歩を進め、自陣から少し離れたところで魔力を展開させる。

 黄金色の魔力の光が体を包み、少しだけ地表から浮遊すると、徐々に全身が輝き出す。


 コオオオ……


「──土魔法上級術式、起動。『母なる大地の精霊よ、すべての源たる命の息吹よ、我に力を貸し与えたまえ』──」


 呪文の詠唱とともに、俺が立っている場所を中心として、小さな震動が起こり始めた。

 兵士たちの表面的な足踏みとは違う、地の底から沸き起こるような揺れだ。

 それは平原一面へと波及するように、加速度的に大きな地震へと変化していく。


 ゴゴゴゴゴゴ……


「な……何だこれは……?」


「どうなっている……何故いきなりこんな地震が……!?」


 突貫しながらも不意の震動に当惑し、ハシュバール兵は思わず歩速を落とす。

 と、次の瞬間、ドォンという轟音とともに、平原の地面に亀裂が入った。


 バキバキバキッ、ゴォッ──


「なっ──うわあああああーっ!」


 あちこちで無数の地割れが発生し、兵士たちはそれに足を取られた。

 否、足どころではない。亀裂は一瞬で拡大し、地表に巨大な穴が開き、彼らの全身がその中に飲み込まれてゆく。


 それは上級土魔法、『大いなる大地ランド・アラウンド・の怒りシェイカー』。


 ここ数ヶ月で俺が行使した中で、もっとも規模の大きな土魔法だ。

 局所的に地震を発生させ、地割れや陥没、そこから生じる礫岩によって物理的なダメージを与える災害魔法。

 すなわちそれこそが今回の戦いの策。魔法を跳ね返す鎧など関係ない。圧倒的な物量をもって、多数の敵を一気に飲み込む広範囲攻撃こそが、竜鱗への対処を可能とする戦術だった。


 兵も馬も、突如現れた割れ目になすすべもなく落下してゆく。

 突撃の叫びは、恐怖の叫びに。引き返そうとしても後に続く仲間たちに背中を押され、彼らは絶壁に身を投げる以外の道はなくなってしまう。


「とっ、止まれーっ! 全軍停止だ! これ以上進むなーっ!」


「やめろ、お、押すなっ、前に大穴があるんだっ!」


「ダメだっ、う、馬が動揺して、止められっ、おわああああっ!!」


 目の前は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌する。

 人間たちはゴミのように断崖へと落ちてゆく。ボロボロと、一人残らず。

 その後は成り行きに任せるがまま。俺がほんの少しだけ魔力で傾斜を作ってやると、兵たちは地獄の口に転がり落ち、二度と上がってくることはなかった。


 ……ただ、竜鱗に洗脳されているとはいえ、これだけの人間を殺すのはさすがに気分のいいものではない。


(それでも、目をそらさないようにしないとな……。どこから不意の攻撃が来るかわからないし)


 俺は顔をしかめながら、じっと目の前の惨状を見やる。

 するとその時、不審な挙動の男がちらりと視界に入った。

 不審というか、妙な動きの一将兵だった。あまりに軽やかで、その身のこなしは人とは思えない。

 その男は騎乗していたが、一人だけ馬を乗り捨てて、跳ねるように兵たちの頭を踏みつけながら戦場を離脱していく。


(……何だあいつ……?)


 さらに妙なのが、彼だけが竜鱗の鎧を着ておらず、ハシュバールの者とは異なる黒い詰襟の軍服をまとっていた。


 一瞬、こちらと目が合う。

 が、男は興味なさげな様子で、俺から背を向けて去っていった。


「なっ、何故だあっ、何故我が軍がこのような無様をっ……!」


 その一方で、先刻号令をかけた敵将が、わけがわからないといった様子で混乱の叫びをあげる。

 その敵将もまもなく地の裂け目に落ちていくと、地表に残っているハシュバール軍は一人としていなくなった。

 俺は「『満たせシャット』」と念を飛ばして地面を閉じさせ、平原をもとの様相に戻していく。

 さすがに生えていた草木まで元通りとはいかなかったが、何事もなかったかのように目の前は静かな平野の姿を取り戻した。


「……ま、こんな感じで、どうですかね」


 振り返ってエルフの男族長に問い掛けると、彼はハッと目を見開き、「ははあーっ!」と大仰に頭を下げた。


 その隣ではロゼッタが腕を組み、満面の笑みでうんうんとうなずいていたのだった。

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