暮れ方の金木犀は鮮やかに映る

束白心吏

プロローグ 翁草

『文化祭、一緒に回らない?』


 ある初秋の夜、就寝前の僕のスマホにそんなメッセージが届いた。差出人の名前は牡丹ぼたん一華いちか。僕の幼馴染からだった。

 牡丹からメッセージが届くのも意外だが、何より意外なのは僕に文化祭を回ろうと誘ったことか。


『僕の記憶違いじゃなければキミ、今日の休み時間中に色々な人から誘われてなかった?』

『お陰で昼餉食べられなかったから腹いせに全部蹴った!』


「マジか……」


 即座に返ってきたメッセージに、呆れや驚きの入り雑じった心象が口から漏れる。

 さすがに文字にして送信する気はないが、ここは素直に了承するのが吉なのだろうかと些か迷いが脳裏に生まれ、同時に長い付き合いの牡丹となら始めての文化祭も楽しめるだろうとも思った。

 しかしながら僕を誘うか? あの牡丹が何故、僕を誘うのかがわからないから返信に困る。返信が即答であったため間違いという線も潰えた。

 そも、それらを聞けるほどの度胸を持っていない僕は、当たり障りのない話を振る。


『蹴ったて……まあ自業自得かもだけど、確かサッカー部の期待の新人って生徒もいたよね?』

『あれはスカウト』


 スカウトもいたのか……まあ牡丹ほど運動神経バツグンで見てくれもいいなら、運動部としては是非ともマスコットとしても主力選手としても欲しいのだろう。憶測だけど。

 牡丹の人気具合に呆れながら返信を打つ。


『新人君にスカウトさせてたのか』

『人手不足なんだって』


 他人事だなぁ。まあ牡丹にとって他人事なわけだけれども。


『それで、返信は?』


 こういうときだけ牡丹一華という女子はどこまでもせっかちになる。イエスかノーを言うまで、何ならイエスと言うまで『返信は?』と送ってくるだろうし、何だかんだで親の仲もいいので拒否権はないに等しい。


『いいけど、クラスの出し物のシフトが被らなければね』

『それくらいわかってるわよ』


 ……嫌な予感がした。こういう時の牡丹の行動力には目を見張るモノがある。昔からそうであった。


 例えば中学の運動会では二人三脚なる種目がクラス対抗であり、クラスの男子ペアで偶々余った僕は、同じくあぶれていた牡丹と共に走った記憶がある。妄想ではなく現実である。あれは今思い出しても地獄のようであった。嫌がらせは流石になかったが似たような事は二ヶ月近く、睨みだけで人を殺せそうな視線なら一生分続いた。

 例えば小学生の頃は学芸会で行った演劇でメインキャストに指名された記憶がある。指名したのは勿論牡丹である。教師までも味方につけられては拒否権などあろうはずもなく。教師も新任ということもあり、牡丹と仲が良かったのも原因だ。ロミオ役をやらせた罪は……まあ今となっては良い思い出だからいいや。


 兎に角、行動力のある時の牡丹は、確実に僕を巻き込むのだ。僕以外に適任な奴らもとい牡丹から誘われたら即座に頷くだろう野郎共が周りにごまんといるというのに。

 無論、僕に拒否権なんてステキな権利は存在しないため、嫌であっても首を縦に振るしかないのだけれど。


『わかった。当日は一緒に回れるよう努力する』

『オッケー。それじゃあおやすみ』


 即答で帰ってきたメッセージに、酷い確認作業であったと呆れながら、『おやすみ』とだけ返信してスマホを枕元に置き瞼を閉じる。

 それにしても何故こんな時間に確認してきたのだろうか。どうせ明日の朝、通学路を肩を並べて歩くというのに、何とも不思議な事をするものだ。

 そんなことを考えていたからか、その日は懐かしい夢を見た。

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