第6話 来禽

 出会いと別れを紙一重とは思わない。されど出会うにも別れるにも『縁』というものは重要なモノなのだと思う。

 文化祭二日目。僕は今日も牡丹と一度も話すことなく半日を終えた。今は休憩中。牡丹も一緒の時間なんだけど、一人でどこかへ行ってしまった。


「よ、篝火」

「……ここ、関係者以外立ち入り禁止だよ」

「まあまあ、そう固いこと言うなって」


 宥めるようにそう言って、風車は僕の前の席に座る。


「それで、奥さんとはどうなんだ?」

「……牡丹は奥さんでもなければそもそも恋人でもないよ」


 僕の指摘に、そういえばそうだったな。と言って風車は頬をかく。その表情はどこか寂しげに見えた。


「あと、ここ他クラスの生徒立ち入り禁止だよ」

「知ってる」


 わかっていながらも居座るところが風車らしいといえば風車らしい。僕も別段追い出すとかは面倒だから、注意は口だけだ。

 それを知っているからこそ風車は居座り、図々しくも景品であるお菓子の山に手を伸ばす。


「それで? どうしてバックヤードに?」

「いや、ずっと気になってたことがあってな」


 その声がからかう時のそれではなく、真面目な話をするときの──特に考査時期に聞ける──声であるものだから、どうも呆れが先に来てしまう。

 しかし聞きたいこと? 今更何が……。


「篝火と牡丹っていつも一緒だろ? 篝火も言葉では嫌がってるけどいつも牡丹と一緒だし。

 それが何でなのかなって、ちょっと気になった」

「……」


 何で一緒にいるのか、か。


「なんでだと思う?」

「え? あぁ……弱みを握られてる、とか?」

「正解」


 戸惑いながらも見事に言い当てたにもかかわらず、風車は腕を組んで疑問符を浮かべて首を傾げている。


「弱みってのは何なんだ?」

「皆に秘密に出来るなら教えられるけど」

「よし、絶対に秘密にしてやろう」


 堂々とそう宣う風車に、今だけは信じてもいいかと思い、恥ずかしさを押し殺してその理由を言葉にする。


「惚れた弱みってヤツだよ」


 ──『恋は惚れたら負け』なんて言うこともあるらしいけれど、実際そうなのだろう。もちろん他にも弱みは握られてるけれど、『篝火泉が牡丹一華といる』その最大の理由は『惚れているから』なのだ。


「なるほどなぁ……どこら辺に?」

「太陽のように眩しい明るい性格に──ああそうだ。菓子代は請求するから」

「げ、売上に貢献するから勘弁……で、何時からなんだ?」

「それは秘密。それじゃあ休憩が終わったらちょっとしたゲームをしよう。さあ帰った帰った」


 知りたいことは知ったでしょ? と言外に伝えて、風車を無理やりに外に追い出す。


「あ、最後にもう一つ聞いていいか?」

「なに?」


 少し無愛想になりながらも、僕は外に出した風車の疑問の声に耳を傾ける。


「篝火は牡丹さんと、ずっとこのままでいる気なのか?」

「──」


 ドクン、と一度大きく心臓が跳ねた。

 ……どうなのだろうか。


 風車の問いを聞いてから数分の間の記憶はない。唯一断片的に覚えているのは質問の後にこの学校に伝わるジンクスについて風車が語っていたことのみ。気がついたら僕は風車が来る前のように椅子に座っていた。

 このまま──何故かその風車の言葉が、僕の脳裏を幾度も幾度も反芻して離れない。


 これも『縁』なのかなぁ。

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