第51話 分岐点  

 ゲッヘラー基地の研究室。 二人のワタシ達が手術台に拘束されている。

 

「イゴー、状態はどうだ?」


「はい、ゲッヘラー様。この二人の遺伝子は完全に一致しました。時空を超えた同位体である事に間違いはありません。ですが・・・、」

 

「どうした?」

 

「二人が発信しているバイオモデムのプロトコル(通信規格の割当)が発信している周波数が完全に同じなので、周辺機器に干渉して正常に機能出来ない様です」

 

「クソ! 折角バイオモデムを手に入れたと言うのに! なんとかならんのか!?」

 

「一つだけ、やや荒っぽいですが解決策があります」

 

「何だ、言ってみろ?」

 

「バイオモデムは生体と反応して機能しています。つまり、一つの生体反応を止めてしまえば、信号は一つになって干渉も無くなるのでは?」

 

「そうか、二人の奈々の内の一人を殺してしまえば良いのだな?」

 

「はい」

 

「どちらの奈々を残すのが得策だ?」

 

「未来から来た方の奈々の方が成熟していますし、経験値も豊富ですので、そちらが得策でしょう」

 

 その会話を聞いていたワタシの怒りは頂点に達する。

 

「そんな事! 絶対許さない!!」

 

「黙れ! お前達は一人いれば充分なのだ」

 

 その時、ワタシに現代の私がテレパシーで語りかけて来る。

 

「奈々? 私がいなくなれば、さっきのバイオE.M.P.が使える様になって、みんなを助けられるんでしょう?」

 

「それは・・・、そうかも知れないけど、そんな事は出来ないよ!」

 

「よく聞いて、私のもう一人の奈々。あなたが体験したと言う大災害を、私は防ぎたい。その為なら、どんな事でも受け入れるわ」

 

「奈々!?」

 

 安楽死用の注射器を手に持つイゴー。

 

「さあ、心の準備は出来たかね、若い方の奈々君。痛みや苦痛は無いから安心したまえ」

 

 現代の私の腕に、イゴーが安楽死用の筋弛緩剤と、呼吸困難から来る苦痛を亡くす為のモルヒネを注射をする。


 現代の私は、体中の力が抜け、徐々に意識が遠のいて行く。

 

「な、奈々? 最後に・・・、一つだけ・・・、お願い。坂井君を・・・、シンを大切にしてね・・・」

 

「奈々! アナタがいなくなったら、この時代のシンはどうすればいいのよ!? 奈々!!」


 現代の私の心肺機能が停止する。

 

「奈々!! ・・・ あなた達、よくもこんな非道い事をっ!!」

 

 ワタシの目の色が変わり、髪の毛が逆立つ。まばゆい光が放射状に広がり、周囲の機械をスパークさせると共に、研究室の電気が一斉に消える。

 

「なんだ? どうしたと言うんだ!?」

 

 真っ暗闇の中で慌てふためくゲッヘラー達をヨソに、ワタシだけが静電気をとりまく様に輝いている。


 手足の拘束を解かれたワタシは、手術台から起き上がると現代の私に駆け寄り、

人工呼吸や心臓マッサージを施す。

 

「目を覚ましなさい、奈々!! 死んではダメ! 戦うの、戦いなさい!!」

 

 ワタシは、現代の私の顔に何度も平手打ちをする。それでも現代の奈々は息を吹き返さない。

 

「蘇生装置は!? A.E.D.はどこ!?」

 

 イゴーが震える手でA.E.D.の位置を指差す。


 ワタシは、現代の私の服をはぎ取り、A.E.D.の端子を貼付けるが、装置はショートしていて機能しない。

 

 ワタシは、狂った様に蘇生装置のボタンを叩きながら、

 

「なんでこうなるの!! 神様は何をやっているのよ!? ハっ、あなた達ね! あなた達が仕組んだんでしょう!? 出て来なさいよっ! キュリアン! デシス!」

 

 すると、そこに緑色とオレンジの二つの光の輪が現れる。

 

「やっぱり・・・、タイムスリップした時からおかしいと思っていた。こんなに都合の良い話は無いって」

 

 キュリアン族とデシス族はヒトの言葉で語り始める。


「私達のせいにしたければ、するが良いでしょう。だが、ワームホールの発生は、あなた方自身が引き起こした物なのですよ」

 

「その抜け穴の出口はランダムに発生する。例え恐竜時代と繋がったとしても何の不思議も無い。そこにチャンスを与えた我々は感謝されても良い位だ」

 

「感謝ですって!? もう一人の私を殺しておいて、よくもそんな事が!?」

 

「何を言う? 君は時空を超えてまだ生きているではないか?」

 

「・・・! 肉体を無くしたあなた達には分からないのよ! もうそんな感情すら失ってしまったの? それが本当に進化したって言えるの? そんなのは進化じゃない! あなた達は感情が退化した原始人以下よ!!」

 

 二つの光の輪は、何も言わずに輝いている。

 

「イゴー、これは一体どう言う事だ、イゴー?」

 

イゴーは傍らで気を失っている。

 

「分かったわよ! この人達を殺して、地震が起きるのを防げばいいんでしょう? 私のもう一つの命とも引き換えに!!」

 

 ワタシは、もの凄い形相でゲッヘラーを睨みつけると、拘束台の側に置いてあった安楽死用の注射器のケースを取り、ゲッヘラーに投げつける。

 

「う、奈々、何をする気だ、止めろ!」

 

「どうするかはあなた自身で決めなさい。痛みや苦痛のある方か、無い方か」

 

 ワタシはテレパシーで、ゲッヘラーの心にイメージを送る。そこでは、体中が痛めつけられて、悶絶死するゲッヘラーが映っている。

 

「わ、分かった。降参だ。グランドスラム計画は破棄しよう。ハイドロフラーレン爆弾も解体する・・・。死んだ奈々も、クローンで元通りにしてやろう。どうだ、それでいいだろう?」

 

「なんですって? あなたは何も分かっていないのね。失われた命は、例えどんな方法を使っても、元通りになんか出来ないのよ!!」

 

 ワタシは光の輪に振り返ると、

 

「見なさい! 創造主達よ! これが進化!?」

 

 ワタシは、イゴーの首をへし折る。


「バキッ!」

 

 ゲッヘラーの首を羽交い締めにしながら、

 

「これが自然淘汰!?」


「グシャッ!」

 

 ワタシは、ゲッヘラーの首をへし折ると、放心し、その場に泣き崩れる。

 

「こんな・・・、こんな事をしてまで・・・、大勢の命を救ったって・・・、

ワタシは救われない・・・、ウォオオオ!!」


 ワタシは、心を失って、ただ泣き叫ぶ。

 

 ひとしきり泣いた後に、異星人達に向かって、


「あなた達は神なんかじゃない。ただのいびつに進化した異星人よ。あなた達だって、最初は誰かに創造された筈。それがいつの間にか、命の大切さを忘れ、弄ぶ様になってしまった。私には、そんな風になってしまったあなた達が可哀想。もうお願いだから、私達に干渉しないで。二度と私の目の前に姿を現さないで・・・」

 

二つの光の輪は、何も言わずに消えて行く。

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