第8話 主よ、身元に近づかん

20??年 ?月??日 午前?:??頃。


 私はいま、夢を見ている。

 

 『夢を見る』と言う言葉には、大きく分けて2つの意味があって、一つは、『将来、自分はこんな人生を送りたい』みたいな『願望』を意味するけど・・・、


 私がいま見ているのは、自分が眠っているか、意識を失っている時に、私の脳神経が不可思議な活動を起こす『幻覚』の方だと思う。

 

 ここは、ドイツとスイスの国境近くの、初夏の緑あふれるアルプスのふもと。


 まだ若い父『ミハエル』と母『由貴』が、幼い私と妹『ヤエ』を連れてピクニックに来ている。サンドイッチを食べ終わり、楽しそうにはしゃぎあう私と妹。

 

「お姉ちゃん、ここまでおいで~!」

 

「先駆けはずるいよ、ヤエ! 待ちなさいってば!」

 

 父と母はワインを飲みながら、微笑ましげに私達を見守っている。母が優しく叫ぶ。

 

「二人とも~、あんまり遠くに行っちゃダメよぉ~!」


 私は妹を見失い、心配になって叫ぶ。


「お母さん、ヤエが見つからないの~! ヤエ? ヤエったら、どこなの?」

 

 すると、私のすぐそばの草陰から顔を出すヤエ。

 

「ばぁ~っ! ナナお姉ちゃん、ニブ~い!」 

 

「ヤエ! もう許さないからねっ!」

 

 その時、突然大きな地響きと共に地割れが起こり、ヤエはその裂け目に落ちてしまった。

 

 「大変! お父さん、お母さん! ヤエが、ヤエがっ!」

 

 振り向くが、そこに私の父母の姿は無い。地割れの段差にかろうじて手を掴んでいるヤエが、必死の助け声で私を呼んでいる。

 

 「お姉ちゃん、ナナおねーちゃんっ! 助けてっ!」

 

 「ヤエ! 待ってなさい、今すぐ助けに行くから!」

 

 私は、地割れで出来た段差を足場にしながら、少しずつヤエの所まで降りようとする。

 

「おねえちゃん、早くっ! もう手の指がちぎれそうだよっ!」

 

 私がヤエの手を掴んだその時! また大きな揺れが来て、私と妹の足場が崩れ去る。

 

「ああっ! 落ちるっ! 」

 

「お姉ちゃんっ! 奈々おねえちゃぁんっ!!」

 

「ヤエっ! 私の手を離しちゃダメよ!」

 

「うん、絶対にお姉ちゃんから離れないっ!」


 私と妹は、お互いの身体を強く抱きしめ合ったまま、地面の裂け目の奥深くまで落ちて行く・・・。

 

 これが『夢の中の出来事』と、半分は分かっていたけど、

 

「私と妹は、これから死ぬんだ・・・」


って思った。

 

 無意識に私が、ヤエの恐怖を少しでも鎮めるかの様に、それとも私自身の心を鎮めるかの様に、私が幼い頃に習ったキリスト教の賛美歌、『主よ御許に近づかん』を口ずさみ始めると、ヤエが一緒にドイツ語で歌い始める。

 

" Nearer, my God, to Thee, nearer to Thee!

( 主よ御許に近づかん)

E’en though it be a cross that raiseth me,

(登る道は十字架に)


 ”現し世をば離れて

天翔ける日来たらば

いよいよまず御許に行き

主の笑顔を仰ぎ見ん・・・

 

 急速に、大きく開いた灼熱のマグマの釜が、私達をその喉元に吸い込んで行く・・・。

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