1-3 チョコレートアイスクリーム

 レオが数年ぶりに地元に帰ってきたのは、つい二か月前のことだった。街の景観はほとんど同じだったが、それでも所々変わっていた。以前あった店が別の店になっていたり、コンビニが増えていたり、錆びれていたポストが真新しい赤色に塗り直されていたり、懐かしくありつつ、どこか知らない場所に帰ってきたような気がした。


「急げ急げ!」


 レオは慌てて飛び出し、この街中を走っていた。アラームがなぜか鳴らず、三十分ほど寝過ごしてしまった。


 サクリ

 いま足を踏み入れた森林公園は、以前より緑が狭まったように見える。トイレが新設され、大きく伸びすぎた木の枝を伐採されたからだろう。

 大きな池もあって、数年前までは安全柵が囲んであるだけだったのだが、現在『近日中に埋め立て工事をする』という旨の看板が立てられてある。小さい頃に水切りをして遊んでいたレオは、ちょっぴり物悲しかった。その時から底は見えなかったが、今はさらに緑色のぬめりが加わって、底知れなくなった。


 この時期は、冷たい物の出店が多い。公園の中は芝生だが、入り口周辺はレンガ畳になっていて、ワゴン車を停めてドリンクを売っている若い女性がいる。芝生は基本的に人の足以外で踏んではいけないが、自転車や車いすを使う人のためのコンクリートの道があり、そこを移動販売車でアイスを売り歩く人もいる。

 販売車には赤白のパラソルが差してあり、緑の中でとても目立っていた。

 子どもだけでなく仕事の合間を縫ったOLなども並んでいる。傍らの木の洞から時折リスが顔をのぞかせていた。人馴れしていて、木の実以外にも誰かが落としたアイスのコーンの欠けらを拾って持ち帰っているのだ。


 太陽がじりじりと肌を焼いている。着ていたグレーのシャツが汗で黒くなり始めている。レオも彼らと同じように並ぼうかと思ったが、目的地の噴水の傍に、友人ら二人が見え、気持ちが逸った。携帯で時間を見る――――ギリギリだ。だべっている彼らに気付かれないよう、抜き足差し足、淵を渡って背後に忍び寄る。


「だーれだっ!」


 彼らの首に腕を引っかけると、衝撃を受けた二人が倒れかける。


「うぉびっくりしたぁ!!」

「『だーれだ』って、子どもじゃないんだから」


 冷静にツッコミながら噎せ込んでいる急遽参加した知人。もう一方、電話をかけてきた友人は、振り返るとレオの胸をドンと突いた。


「おわっ」


 反撃されたレオは、バチャン、と後ろ手に手を着く。何とか体ごと噴水へ落ちてしまうことを避けた。長袖だったのでそれが浸かってしまったが、ケラケラと笑う二人を見て、レオは安心した。怒らせてはいないようだ。


「ゆるしてくれ、引き上げてくれ」


 二人にお願いする。彼らの顔は、水面から反射する光が揺れていた。


「どうしてそこで濡れないんだそこで!」

「KY」


 言いながらレオのシャツや胴を掴んで引っ張り上げる。何とか助かったが、シャツは案の定びろびろに伸びてしまった。


「あーあ、どうしてくれるんだこれ」


「自業自得だバーカ!」とヤニ臭い口でけらけらする友人に、思わずレオは腕を払って水飛沫を引っ掛けた。「うわっ」と彼は顔を拭う、知人とレオは「ガハハ」と肩を揺らした。


 レオが手を拭っていると、知人の彼がアイスを食べよう、と提案してきた。ありがたい。レオと友人はすぐに乗った。


 出店はいろいろあったが、アイスが一番おいしそうだった。ワゴンの窓に風船が括り付けられており、子どもたちにあげているようだ。


 並んでいる間、背の高いレオたちは彼らの日よけにされた。特にレオは頭一つ大きく、一番群がられた。風船に取り囲まれて、視界がカラフルに染まる。

 レオはチョコレート、友人はバニラ、知人はストロベリーで、三人とも器はコーンを選ぶ。一口舐めるだけで、チョコの甘みと程よい苦みに、夢見心地になる。


 齧っていると、友人がベンチを指さした。食べながらそこを目指す三人。ベンチは木陰にあり、座っていたOLがちょうど立ち上がった直後のようだ。


 友人を真ん中にして座る。板の部分は木製だが、手すりは金属のようで、触れると熱かった。無心でアイスを味わい、三人とも無言になる。


「なーんか味しないな」と半分ほど食べた友人。


「煙草舌なんじゃない?」


 そういう知人に、レオは反論する。


「おま、こいつがどれだけ禁煙がんばったと!?」


友人の肩を掴む。しかし知人は、そろーりと目を逸らす。


「知らないよ。知りたくもない」


「まぁ俺も知らないけど」とレオが肩を離すと、すかさず「知らんのかい!」と翻った友人から腹に熱い一撃を食らう。

 馬鹿を言っていたが、ふと知人がレオの腕を見てつぶやく。


「レオ、その腕、水気とか大丈夫?」

「……たぁぶん」


 言われて初めて、レオは自分の腕に意識を向けた。袖をめくって確かめる。右腕の手首から肘にかけて、迷彩柄のケロイドがある。白く引きつった部分と、赤黒く膨れている部分。


「間一髪だったな。死んだのが隣のやつで……」

「良くはないが、まあ神に感謝だな」


 言い淀んだ友人の言葉を引き継いでそう言った途端、ふと頭によぎるものがあった。『神に感謝』。その言葉は、ダンがよく使っていたものだった。


「……レオ、やっぱお前ダンに侵食されてたん?」

「いや、違う……」

「隠すなってぇ」


 どうやら友人も彼のことを思い出したらしい。ニヤニヤする彼から目を逸らすレオ。


「ダン、て誰? そいつがどうかしたの」と知人が口をはさむ。


「いや、今のレオの、そいつの口癖だったなーって。神がなんたらかーたら」

「クリスチャンなんだ」

「そう。学級委員長で、成績はいつもトップだし、体力も、ちっこいのにレオと並ぶくらいだった」

「そりゃすごいね。そんなやついるんだ?」

「いたよな?」


とレオに同意を求める友人。


「いたぜ」


 レオはハァとため息をつく。

 友人は彼の話を始めた。レオも、思い出していた――――

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