第4話 残された人々

「なにぃ! カリナの姿がどこにもないだとぉ!」


 執事からの報告を受けて、ダレンは激昂していた。


「は、はい、屋根裏部屋にも屋敷の中にも...」


「まさか!? 家出したのか!? あの恩知らずめが! 探せ! 必ず探し出して連れて来い!」


「ど、どこを探せば...」


「そんなこと知るか! とにかく探して来い!」


 役立たずめ! と罵られた執事は、バカらしくてやってられないとばかりにその場を後にした。探したいなら自分でやれ! と心の中で吐き捨てながら。もちろん真面目に探す気などない。適当にお茶を濁すつもりだ。


 ダレンがカリカリしながら階下に下りて行くと、こちらも憤懣遣る方無いといった様子のベロニカが寄って来た。


「あなた! カリナが居なくなったってどういうことですの!? せっかく躾のために色々と仕込んだというのに!」


「そんなこと私が知るか! 大体お前がしっかりと見ていないから、こんなことになったんじゃないのか!?」


「まあ、私のせいだと仰るの! ? そもそもあなたが当主としてしっかり」


「やかましい! 口答えするなぁ!」


 バシィ!


「キヤァァッ!」


 ダレンにおもいっきり殴られたベロニカがすっ飛んで行った。



◇◇◇



 ダレンとベロニカの二人が醜悪な争いを繰り広げていた頃、ダリヤはカリナの部屋で呆然としていた。


「な、なによこれ!? なんにも無いじゃないの!?」


 カリナの私物を奪いに来たのに、ドレスも普段着も靴も下着もアクセサリーも宝石も何も残っていない。本棚にあった本すら全てなくなっている。まるで引っ越しした後の部屋のようだ。


 もちろん全てカリナが亜空間に収納したからなのだが、カリナは家族の誰にも自分の能力を話さなかったので、そんなことをダリヤが知る由もない。


「やってくれたわね、お姉さま! 絶対に許さないんだから! 見てなさい! 思い知らせてあげるわ!」


 そう息巻いて両親の元へと向かった。



◇◇◇



「お父様、お母様、聞いて下さ...い!?」


 両親の元へ辿り着いたダリヤは、母が頬を抑えて床に踞っていて、それを父が冷たく見下ろしている異様な光景を目にして一瞬息を止めた。


「...どうした? なにがあった?...」


 ベロニカに手を上げたことで少し冷静になったダレンが静かに尋ねる。色々と気になることはあるが、まずは父に報告するのが先だと思い直してダリヤはこう告げた。


「え、えぇ、それがお姉さまの部屋から私物が全てなくなっているんですの!」  


「な、なんだと!? 本当か!?」


「えぇ、ですからお姉さまを捕まえて取り戻して下さいませ! お姉さまのモノは全て私のモノですわ! ドレスも宝石も全部!」


 ドレスはお前じゃサイズが合わないだろうと思いながらダレンは考える。こんな短時間で全ての私物を持ち出せる訳がない。ということは、カリナはなにか能力を隠していたのかも知れない。


「ま、まさか!?」


 急になにか思い当たったのか、ダレンは大急ぎで自分の執務室に走った。取り残されたダリヤは呆然としている。執務室の隠し扉を開けて、隠し部屋に入り金庫を見た瞬間、絶句した。金庫が開いている!


 急いで金庫の中身を確認したが、当然もぬけの殻だった。


「カリナ~!!」


 ダレンの地を這うような呪詛の声が響いた。



◇◇◇


 

 一方その頃、カリナの婚約者であるイアン・コリンズ侯爵令息は、ベルトラン伯爵家を訪れていた。昨日渡せなかったカリナの誕生日プレゼントを渡すためである。


 本当は昨日渡したかったのだが、誕生日は家族のみで祝うと言われて遠慮したのだ。自分より5歳年下の婚約者はまだまだ子供だと思っていたが、最近のカリナの成長には目を見張るモノがある。


 幼女から少女へと変貌しつつある美しい彼女に、イアンはすっかりメロメロになっていた。会うのが楽しみで仕方ない。


「カリナ、喜んでくれるかな?」


 イアンはプレゼントを抱きながらベルトラン家の呼び鈴を鳴らした。


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