【Present day③】マダミス編①

「なんかぁ……、空気おもくなぁい?」


 ヘッドホンから葵ちゃんのアニメに出てくる女の子みたいな声が聞こえてくる。

 パソコンのボイスチャットアプリを使って21時ころから始まった私たちのグループ『orion』の『コラボ企画会議』が煮詰まってしまって、話が前に進んでない。

 防音の窓から見える空はもう真っ暗で、もはや日付が変わろうとしてる。ネオンの光が少し眩しい。

 ちょっとカーテン閉めてきてもいいのかな?


「ふわぁ……。この会議を配信しちゃえばよくない?」


 ボイスチェンジャーを使った、バ美肉のアルルちゃんの声。いま、あくびした?


 ばびにく。……調べたから説明していい?


 男の子が、女の子のバーチャル配信者になって配信することを言うんだって。なんだっけな。バーチャル美しいなんちゃらかんちゃらの略。ちょっと長くて、そこまでは私は覚えきれなかった。


「アルルちゃぁーん……。もしさぁ配信だった時はさぁ、あくびするんならぁ、ミュートしてよねぇ?」


「あ、ごめん……、なさい……」


 やっぱり怒られた。アルルちゃんは実際の姿、つまり現実の姿は……、いや、現実の姿も、か。とにかく小さくて可愛いんだけど、一番の年長者ということもあって、こういう会議なんかを率先して進行してくれている。

 アルルちゃんはともかく、私はそういうの本当に向いてないから、すごく助かってる。今みたいにちょっと怖いくらいマジメな時があるけれど。


霧霧むむちゃぁん?……寝ちゃったかなぁ?」


 ドキッとした。さすがに何回か配信してるから、自分のバーチャルの姿の時の名前には反応できる。

 でも、3人でなにか生配信をやるとしても、コラボカラオケとかコラボゲーム実況とかみんなで雑談配信とか、みんなで料理配信とか、いまの今まで出尽くした企画しかもう思いつかない。

 あと、葵ちゃん家にある高価なマイクを使ったささやき配信、いうところの『AMSR』は、正直あんまりやりたくない。小声って苦手だし。


「お、起きてるけど……、もう思いつかないかも…………」


「うーん、そっかぁ……。いやさぁ、どうしたもんかなぁ~。スタジオも使えないしぃ、まだ3Dアバターができてないからさぁ、コラボで歌の配信ってぇ、動きがないからどうかと思うんだよねぇ~?ありがちっていうかさぁ……」


「……………………」


 返す言葉が出てこない。


 今日は朝に起きてシャワーを浴びて、そっから会議の前までロールプレイングゲームの長時間配信をしてた。疲れていないと言えば嘘になる。正直、考えがまとまらないし頭の中にアイデアもない。いまゲーミングチェアの背もたれにもたれたら、すぐに寝ちゃえそうなくらい。


「……霧霧ちゃんてさぁ、スマイル動画みてたんでしょ?社長たち以外だったら、どんな動画が好きだった?」


 つい数か月前なのにはるか昔に感じる、あの面接の時のことを思い出す。まさか面接を受けていた相手が、自分が好んで視ていたスマ動の配信者だったとは思わなかった。

 私にとって、いや、私の世代のスマイル動画を見ていた人にとって、まさにレジェンド配信者が、この『株式会社ラフィング』の創業者だったのだ。驚かずにいられようか。

 思い出して、ちょっと耳に熱を感じる。少し目が覚めた感じがした。


 あ。

 葵ちゃんの質問に答えないと。


 中学生、高校生くらいの時をなんとか思い出して、勉強とかしながらスマホで誰の動画を流していたか、記憶を遡る。


「…………あっ」


 検索結果が1件あった。高校受験の時に、こんなにゲームで大変な思いをしてる人もいるんだから、受験勉強なんて、もしかしたら大したことないかもって、そう思わせてくれた動画。


「アクションゲームとか、レトロゲームとかの配信してた『灰色狼』さんのゲーム実況とか視てたよ?」


「それ懐かしいっ!俺もめっちゃ視てた!ステルスアクションゲームでさ、登場するキャラクターの声真似実況して有名になったんだよね?難しい縛りプレイとか、レトロゲーとかクソゲーを、ひぃひぃ言いながら何時間も何日間もかけてクリアしたりさ……。強烈に覚えてるよっ。懐かしいなあ…………」


 言い終わるか終わらないかくらい。すぐに喰い気味のリアクションが返ってきた。

 アルルちゃんが急に元気になってしゃべり出したから、私は圧倒されてしまった。なんたって彼女は……、いや、彼か。彼は普段、あんまりしゃべらないし、しゃべっても数えれるくらいの単語しか言わない。もちろん、トークが基本の配信では別だけれど。


 それと、一人称が配信を含めて普段つかってる『アルル』じゃなくて『俺』だったことにもびっくりした。でもそんなふうに素が出ちゃうくらいの、懐かしい名前だったのだろう。


 そういや『灰色狼』さんって、今はなにしてるんだろ?仕事するようになってからかな。いつの間にか、視なくなっちゃったんだよね。


「縛りプレイかぁ……。懐かしいねぇ。あれもぉ、いまでは結構みんなチャレンジしてるぅ、普通のことだもんねぇ。オワタ式って言葉ぁ、知ってるかなぁ?1回でもダメージを受けると死んじゃう設定にしてぇ、ロックマンとかのアクションゲームをクリアするプレイスタイルなんだけどさぁ。いまの若い子はぁ……、きっと知らないんだろうなぁ……」


 なんだか全員が過去のノスタルジーに囚われたみたいになっちゃった。

 でもやっぱり、あの時代のスマイル動画には、いまや定番となっている企画や実験的な企画が毎日のように動画でアップされていて、今みたいに動画サイト自体の規制とか、厳しい著作権のルールとか、再生数が伸びる動画や配信のセオリーもなかったから、みんなが手探りで「面白い」を見つけようと必死になってた。


 きっと昔の配信者の人たちも、こんなふうに夜中まで頭を抱えて企画を考えたりしてたんだろうか。


「懐かしさで勝負するんならさ、カラオケで陰陽師とかヤラナイカとかおっくせんまんとか真っ赤な誓いとか歌おうよ!?なんなら、組曲の動画をアップしようっ!そうしたらさ、3Dアバターなんていらないじゃん!みんなの1枚絵を画面のまわりに貼り付けてさ、盛り上がる時は絵が覚醒したりしてさ。ああっ!懐かしいなぁ…………!!」


 発言の勢い自体は普段と比べると別人かと思うくらいすごいんだけれど、私はアルルちゃんがなにを言っているのか半分以上わからない。

 マニアの会話って、こういうものなんだろうか。そしてその企画は、私たちの配信のリスナーの年齢層的に、視聴者を置いてけぼりにしそうなんだけど。


「それはちょっとレトロ過ぎでぇ、マニアックなんじゃないかなぁ?……でも『灰色狼』さんならぁ、たしか今はぁ、配信者を集めて毎日のようにぃ、宇宙が舞台のパソコンの人狼ゲームとかぁ、テーブルトークゲームやってたような気がするなぁ……。ちょっとぉ、連絡とってみようかなぁ?」


 こういう葵ちゃんのバイタリティってホントに尊敬する。スマイル動画の伝説の人だよ?スマフェスで何百、何千人もの観客の前で人狼してさ。複雑な役職とかいっぱいあったのに、誰よりもゲームを理解してて、誰よりも楽しんでて。

 そんな憧れの配信者と、いったい何を話せばいいっていうんだろ?


「それでいこうっ!『灰色狼』さんだったら、間違いないよ!」


 深夜テンションなのか本性なのか分からない、興奮したアルルちゃんの言葉が続く。


 不安しかない。

 まだ駆け出しのバーチャル配信者の私たちを、レジェンド達は受け入れてくれるのだろうか。もしコラボできたとして、私はうまく立ち回れるのだろうか。


 でも自分発信な話題なものだから、私は二人に、なにも言うことができなかった。

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